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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第1章 かつて魔術が存在した世界で
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嵐の暴走

そろそろアリアの診察が終わる頃だろうと、僕とギルバートが書斎を出て階段を上がろうとした時、二階から侍女の悲鳴が聞こえた。


またアリアに何かあったのかと、僕らは慌てて階段を駆け上がった。


「アリアっ!だいじょ…う…」


ギルバートが扉を開けて無事を確かめようとして、途中で言葉が途切れた。部屋の中は風雨が吹き荒れていた。


「なっ…、何が起こっているんだ⁈」



「室内なのにどうして?」

「窓から吹き込んできたんじゃなくて⁈」

「いや、違うな。窓は閉まっていた」

「急に冷たい風が吹き始めたと思ったら、アリア様の周りを包むように雨が吹きつけてきたの!」


部屋の中にいた侍女と医師の助手らはずぶ濡れで廊下に出てきて、興奮気味に何が起きたのか口々に話した。医師のグラハムは部屋に留まり、アリアに向かって落ち着くよう声を掛けているが、風雨の音でかき消されていた。


アリアは渦巻く風雨の向こうで抱えた膝に顔を(うず)めてぎゅっと体を縮めていた。その姿は吹き荒れる雨で霞んでいた。



ギルバートはアリアへと向かって走ったが、風雨の壁よりも先には進めず、やがて弾かれて床に飛ばされた。


「ゔっ!」

「バート!」


僕が駆け寄ると、ギルバートは「大丈夫だ」と手を挙げ、まだ自分が行くと立ち上がった。


窓の外では雷鳴が(とどろ)き始めた。


部屋の中の風雨に呼応するように空を分厚い雲が覆い、すぐに大粒の雨が降り始めた。風もあっという間に強くなり、窓を雨粒が激しく叩いた。


僕はグラハム医師の横に立ち、風雨に負けないよう大きな声で話し掛けた。


「グラハム殿、ここは私とギルバートが残ります。廊下で待機願えますか」


彼には、もし僕らが怪我をした時のために安全な場所にいてもらう必要がある。グラハム医師が廊下に出たのを視界の端で確認するのと同時に、ギルバートが再び弾かれて床に倒れ込んだ。


「バート!大丈夫か⁈」


「くっ、どうしてあれを抜けられないんだ」


ギルバートが風雨の壁のを睨みつけながら言葉を吐いた。その鋭い目を見て、ふとレイドナー教授に言われたことを思い出した。



___『殿下の瞳の色は、綺麗な海のような青色ですね。ご先祖様は水魔法の魔術師だったかもしれないですね』


 『ははは、そうだったら面白いな』


 『いや、まったくの絵空事でもないのですよ。現代の瞳の色は、古代の魔術師の色をその子孫が受け継いでいるという説があるんです』


 『それなら僕は水魔法ということか』___



「………僕なら行けるかもしれない」


「何だって⁈」


僕が呟いた言葉は嵐の音に負けてしまい、ギルバートが叫ぶように聞き返した。


その思いつきには、根拠のない自信があった。僕は、今度は聞こえるように大きな声で言った。


「僕がアリアの元へ向かう。バートは少し下がっていてくれ」


「そんな、お前に怪我をさせるようなことは…」

「殿下、お待ちください!」


ギルバートも、僕らの後ろに控えていたチェスターも、王子である僕を止めようとした。だが、僕の考えが正しければ、この中で風雨の壁を抜けられるのは僕しかいないと思われた。


「無理はしない。約束する」


「しかし…」


納得できない様子のチェスターに、僕もここは譲れないと強い視線を向けると、「絶対に無茶なことはなさらないでください」と渋々一歩下がった。



アリアの周りの風雨の壁は勢いが衰えることなく、外も激しい雨が降り続いていた。分厚い雲で陽が遮られて薄暗くなった部屋の床には、稲妻が光るたびに窓枠の影が映し出された。


僕はゆっくりとアリアに向かって歩き、風雨の壁の前で立ち止まった。ギルバートのように突っ込んでいって跳ね返されるような真似はしない。


慎重に壁に手を伸ばした。


―――駄目なら、壁に触れる間際で弾かれるだろう。


しかし指先は壁に触れ、その奥へと入れることができた。手に当たった雨が激しく飛び散って僕は顔を背けたが、すぐにアリアの方へ向き直り、一歩ずつ進んだ。


指先から手首、腕、肘、肩……と僕の体が風雨の壁を通り抜けると、激しくぶつかっていた雨粒がふっと止んだ。壁の内側は弱い風が渦巻くだけで、雨は降っていなかった。


僕は静かに床に膝を付くと、そっとアリアを抱きしめた。

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