ー iridium side ー page03
「セリム、君が起きた時、僕を許してくれるかな」
僕はカプセルの中に眠るセリムに問いかけた。もう十年の間、何度も問いかけた。
「もちろん後悔しているよ。一緒に死ぬべきだったのかな、って」
溜息と一緒に小さな笑い声が漏れた。
「ごめん。でも諦めているんじゃないんだ。地球との交信は途切れ途切れだけど、バイナリデータで少しづつ送っている。ここの座標やら建物の詳細なんかをね。君の凄さは知っていたけど、僕は君の何を見ていたんだろう。今、君のレポートを読んでいる。難解でノアの助けがないと理解できそうもない。そんな凄い子が僕のパートナーだった。幸せが近すぎて見えなかった、なんて笑えない、笑えないよ。許して欲しい、って言葉は言う資格はない。けど、僕はそう願っている。次は君を優しく見守ってくれる人だといいな。君の声を」
涙を堪えるため天井を見上げた。泣くくらいなら謝るなよ、と自分を責める。彼女が背負っていた苦しみ比べれば、彼女が他の人に大切に扱われる事くらい我慢しろよ。
「君の声をしっかり聴いて、君の目を見ていてくれる、そんな人に、おやすみって言われて君は眠るんだ」
そう言うと僕の中で張り裂けそうな感情が爆発した。
「なんで僕がそれを出来なかった!」
ガラスハッチを殴ろうとして、手を止める。そしてセリムの顔を見た。
安らかに眠っている。死んでいるようにも見える。
青い液体に揺れる長い髪。整った顔立ち。柔らかい唇。
「アーク、カプセル内のストレージから僕に関する音声、画像データを全て削除。復旧できないようにダミーデータで上書き」
「了解」
君の頬に触れたい。髪に触れたい。唇に触れたい。
そう思いながら顔の傍の、僕の世界から切り離しているガラスに涙を落としながら、
「君は寂しくなんかない。寂しくなんかさせるもんか」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。やることはいくらでもある。寂しさを紛らわせる為じゃない。
未来は死んではいないんだ。
研究室に向かうと端末を立ち上げて資料を引っ張り出す。
「青空を取り戻せ。そして君に海を見せてあげるんだ。青い海を。僕の目と同じ青い海を」
「ノア、セリムの思考パターンのデータはあるかい?」
「トレース度二十パーセント程度です」
「予測できる範囲で補正」
「三十二パーセントです」
「上出来だ。片っ端から試してセリムのデータに近づくサンプルシミュレーションをリソースの半分で実行」
「提言します。ファームの稼働が著しく低下しますので、二十パーセントを推奨します」
「構わない。備蓄はあるし。……どうせ一人分だ」
「実行開始。終了予測時間十一万五千二百三十六時間です」
「僕は君ほど計算が速くないんだ。大雑把に何年?」
苦笑してそう言うと、驚きの反応があった。
「十三年と……少しです」
誰か学習ロジックを加えたのか、と考えるまでもなく、答えは一人しか該当しなかった。
「ちょっと長すぎないか。クォンタムだろ?」
「正確度はトゥエルブナインです。セリ厶氏は人間にしては計算高く、準備されていた資料が完璧でしたので三年で終了しています」
僕は久々に笑いを思い出した。皮肉を皮肉で返すとかセリム、君は一体何をノアに教え、
「完成した!?」
皮肉の言葉の裏にある事実を聞き逃す所だった。
「はい。二ダース冷凍保存、半ダース冷蔵保存されています」
驚きの事実だった。
君は何故その事を黙っていたんだ。
違う。
僕が聞こうとしなかったんだ。
僕達の目標に手が届くところ迄きていたのに、僕は君を見ていなかったんだ。
嬉しかったはず。聞いて欲しかったはず。
「僕は誰の為に生きようとした!」
「判断材料が少なすぎます」
「君のために? 違うだろ! 僕は、僕のため! 僕が生きた証を残したいが為に!」
「判断材料が少なすぎます」
「うるさい!」
「音量レベルをいくつに設定しますか?」
何も考えたくなかった。
セリムの未来の為?
「セリムの過去は傷だらけじゃないか! 僕が君にしたことは許されるわけ!」
椅子に座り、頭を抱えた。
「許されるわけ、ないじゃないか」
突然、室内が大きく揺れブラックアウトした。
「ノア!」
応答がない。電源が死んだ?
まずい!
壁に備え付けの非常ライトを手に取り、カプセルへと走る。部屋に入るとカプセルのハッチ枠が淡いブルーのライトが点っていた。へたり込むようにカプセルに身を投げる。
バイオセンサーを起動し異常がないことを確認してやっと落ち着いて息をつくことが出来た。
非常電源のバイパスをカプセルに優先的に回す設定が功を奏していた。
「お陰でノアが死んだか。アーク、外にアクセスできるかい?」
「いいえ。施設内外九十パーセントの機器にコールバックがありません」
「何が動いている?」
「ファームの一部分と連動した酸素供給システム。生存する上での最低限のシステムは確保しました」
「サンプルの冷蔵庫と冷蔵庫は?」
「停止しています」
「冷凍庫を起動してくれ」
「ファームが止まってしまいますが?」
「構わない」
「起動しました」
「原因が分かるまで設定を維持」
「了解。……原因を特定しました。ソーラーパネル七十八パーセント損失によるエネルギーリソース不足です」
「パネルが死んだ?」
「衛星が落下し無数のデブリがパネルを直撃したようです」
「修理可能かい?」
「メンテナンスボットは外での稼働を想定していません。エンジニアが直接現場に行くしかありません。スペアは ー検索中ー 若干存在します。定期的に輸送されてくる計画ですが七十五年前から受け取りの報告は受けていません。提言。管理者経由で早急に手配が必要と上告すべきです。実行しますか?」
「どこにだよ。ああ、ごめん。しなくて大丈夫。ファームと研究室、そして冷凍庫を動かすのにパネルの増加は何枚必要?」
「百二十枚です」
「ひゃ……仕方がないか。在庫は足りる?」
「足りません。五十三枚と記録にありますが定期的な点検が確認されていないのと経年劣化を鑑みても半分程度、二十五枚程度と予測されます」
「それを追加したとして、最低限、施設を稼働にする可能な組み合わせは?」
「生存するために必要な施設はライフライン施設にあたる植物プラントファーム、酸素供給システム、給水システム、及び施設内の空調システムです。この場合、食事などはマニュアルで作成することになります。そして停止せざるを得ないシステムが多く存在します。セキュリティシステム、ドア、ハッチ類の自動システム。管理システム、研究室。パンドラ及び付随するアークシステムです」
顔が青くなるのが自分でも分かる。血の気が引く音すら聞こえた気がした。
自分が生き残るためにはセリムを見捨てる?
それはあり得ない。
感情論ではなくて、救出の可能性が百分の一以下でも可能性としてあるなら彼女の生存を優先すべきだ。彼女は地球を再生する最後の希望だ。だが救出はすぐではない。百年後かもしれない。それ以上かもしれない。……来ない可能性が一番高いのだが、それは何とかなる。来たくなるご馳走が此処にはある。
「アーク、セリムの研究結果の核心部分を暗号化。パンドラの中のブラックボックスに書き込んで。鍵は……タケトリモノガタリで」
「完了」
胸からペンを取り出しキャップを開けて暫し考え込んだ。そしてツールボックスからドライバを取り出してパンドラの金属部分に引っ搔いて鍵の言葉を書き込んだ。
「全データをバイナリに変換。それを地球に繰り返し送信。もしかしたら向こうの通信設備が旧技術かもしれないから数パターンで送って」
「通信システムダウン」
「そん、な」
「再起動かけます。……起動しました。送信開始」
「君も人が悪い」
「アークはノアから複製された統合管理システムAIで」
「ストップストップ、君にもジョークを教える必要があるね。さて、復旧プランを立てよう。優先順位変更。まずはパンドラ。ライフライン、これは一人分でいい。あとは通信システム。これなら足りる?」
「提言。空調及び照明システムが選択されていません」
「その分はアーク、君の分だ」
「私はシステム上、施設内の生命を最優先とするようプログラムされています。故に私の維持は選択に入りません」
「頑固だね、誰かさんみたいだ。命令を変更。維持する生命のエリアを地球迄とする」
「変更しました。最優先事項はセリムの生命の維持。次にアーク、そしてイリジウムとなります」
僕は満足して頷いた。
「……うん。それでいい」
再びパンドラの前に立った。ガラスハッチに手を置いて微笑む。
「セリム、君が起きた時、僕を許してくれるかな。
それとも僕を褒めてくれる?
ちょっとずるい事したから怒るかな?
僕はもう少しだけ君を見ているよ。
最近見ていなかったから。
僕はきっと、君に映る僕を見ていたんだ。
だから、君を見たい。
そういえば恥ずかしくて言ったことがなかった言葉があったんだ。
愛しているよ、セリム」




