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ー iridium side ー page02 

「どうしたの?灯りもつけないで」

 セリムは部屋の灯りのスイッチに手を伸ばしたが、僕がそれを止めた。

 薄暗い部屋のベッドの上で壁にもたれかけ、天井を見上げている横で彼女は座って僕の顔に触れた。

「泣いているの?」

 セリムは今年二十三。僕より二つ年上だった。小さい頃はお姉ちゃんと呼んでいたけど、彼女を「セリム」と呼ぶようになったのは、たぶん僕が泣かなくなってからだ。

 彼女が僕の頬にキスをする。そして、何度かのやわらかい接触の度に唇同士が近づいてゆく。


 僕は彼女の体温を欲した。


「さて、何があったのか言って」

 二人を包むシーツは、汗ばむ体からゆっくりと体温を吸い取っていく。僕の指先はセリムの柔らかい肌に触れ、汗で濡れた肌の上を滑らせ優しく撫でていく。

「なにがあっても、僕は君より先には死なない。約束するよ」

 こんな事を言う時、彼女は僕の口元を見る。冗談を言う時は、必ず口元が緩むらしい。

 だから彼女は微笑む。

 子供の頃、泣きじゃくっていた僕を慰めていた時のように。

「どうしたの?」

「月じゃないんだ」

「え?」

「夜空でもないんだ」

 僕の目から涙が溢れ出た。

「空に浮かぶあれは、地球なんだ。ぼくらは虚像と絶望を眺めていただけなんだよ!青空なんてどこにもない! どこにもないんだよ! 青空を取り戻せ? ははっ!」


 涙を拭き、彼女にしがみ付いた。その冷たい肌を僕の熱で温めようとした。

 だけど震えているのは僕の方。


「戦争なんかじゃない。地軸と磁極のポールシフトが重なったんだ。電子機器の暴走が原子力発電所や、核ミサイルの誤発射を誘発して壊滅的な破壊が地球を襲ったとき、月面に居た研究者は絶望し、選択を迫られた。そして彼らは選択した」


僕はセリムの頬に手を添えた。


「全部、嘘だったんだよ。なにも知らせずに緩やかな安楽死を迎えさせる計画だったんだ」


 彼女が僕の頬を両手で挟み、何度かキスをする。

 僕は今、どういう顔をしているんだろう。

 セリムは笑おうとしている。

 だけど彼女は理解しているんだ。


 

 僕の涙が君の為だって事を。



File not found.

Repair corrupted data.

 .

.

.

complete.




―― 五年後。




「イリー! やめて! ここを開けて!」

 



 躁鬱の入れ替わりが激しくなってきて一年、ここ一週間口も開けなかった。

 僕が他の人と同じように彼は発症するのではないかと心配な彼女は常に僕の傍にいた。

 十日前は喜んでいた僕をセリムも安心したように微笑んで一緒に食事を摂った。

 二人で一緒に過ごした久しぶりの夜だった。


 だけど予測されるべき事態に再び心が沈んだ。

 理解はしていた。でも心はそれを理解していなかった。

 

 僕の傍から彼女が消える。

 

 最後の一週間、彼女は懸命に話しかけてきたけど、ただ、ごめん、とだけ言った。



Four days of data loss



「イリー! やめて! ここを開けて!」

 僕はカプセル型の装置にセリムを無理やり押し込んだ。涙は昨晩たっぷりと流した。今の僕の顔は酷い有様だろう。


「バイオニックレギュレーターの調整が必要なんだ。ちょっと中で横になってくれる?」

 先程、不審がる彼女に、そう言って僕は嘘をついた。

 そのカプセルは人の二回り程の大きさで全面が特殊ガラスのハッチになっている。昔のアストロノーツはスリーピングバッグとか言っていたらしい。

 空気が勢いよく出ているような音が聞こえ始めると、カプセルは起き上がった。

 ごぽり、という音と共に足もとから液体が沸き出した。それは凄まじい速度でカプセル内に満ち始める。

 彼女が必死にガラスハッチを叩く。

「大丈夫」

 カプセル内のスピーカーが僕の声を届ける。

「出して!」

「だめだ」

「これはなんなの!? お願い、出して!」

「これは星間調査船に使われている休眠装置なんだ。これがあれば三百年は生き長らえる事が出来る。その間に助けを待つんだよ」

「助け? 地球にはもう誰もいないのよ! 未だに核の灰が大気圏を取り巻いて、海の姿なんてこれっぽっちも見えないじゃない!」

 青い粘液性の液体が胸元まで上がってきた。それを恐れながら彼女は出してと懇願した。

 それでも僕は首を横に振る。

 おそらく彼女への初めて拒否だ。

 やがて液体がカプセル内に満ち、彼女がパニックになった。

「それは酸素を運ぶナノマシン入りの液体で、これからの睡眠に君の為に他にも色々働いてくれる。それを大きく飲み込んで」

 むせながら指示通りに液体を飲み込んだ彼女は徐々に落ち着いていく。だが喋れないことに気付いて再びガラス製のハッチを叩き始めた。


「セリム、君には生きて欲しい。……怖いんだ。もし僕が君を残して死んでしまうことがあるかも知れないと思うと怖いんだ。君をこの永遠の夜の世界に独りぼっちにしてしまうことが。この装置、外から誰かが操作しないといけなくて。だから……ごめん。約束をやぶっちゃうね。君より先に死ぬつもりはなかった。だけどね。地球と連絡がついたんだ。驚きだろ? 死んだ技術者が隠してた取り外されたストレージを見つけたんだ。生存するための術や知識、技術を隠していたんだ。その量子ストレージにメモが貼り付けられていた。いつか発見する誰かの為かな。それにはこう書かれていたよ」

 胸からくしゃくしゃになったメモを取り出して彼女に見せるようにガラス越しに貼り付けた。それにはたった一言。


FUTURE! と書かれていた。


「ノアに聞いたら、未来、という意味らしい。でも助けに来られるかどうかは分からない。絶望的、らしい。音声が途切れ途切れでうまく伝わらなかっただけかも。でも、もし、来れるなら」


 セリムの瞼が閉じていく。

 睡魔を振り払うように頭を振っている。

 そして最後の数秒間。

 意識があるかどうかわからない彼女に囁く。

「おやすみ、僕のカグヤ」

 彼女が目を閉じ、ガラスの外まで伸ばそうとした手がゆっくりと液体の中で力を失っていく。


「僕は選ぶよ。君に未来を見せたい」



Data loss period unknown.


I need a backup.

I need a backup.

I need a backup.




 

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