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その時私は鳥になっていた  作者: 日多喜 瑠璃
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8

第8話です。

大人達が集結します。

前作「赤い鳥、泣いた。」のストーリーと重ねて読むと、相互関係がお分かりいただけるかと思います。

 辺りはすっかり明るくなっていた。

 敬と恵理子は、杏美の住む別荘前に車を停めたまま、車中泊で朝を迎えた。

 一方の京子は、一旦自宅に帰っていた。


 母屋のドアを、そっと開けてみる。

「どう?」

「落ち着いてるな。よう寝てる。」

 眠剤と言っていた薬は、かなり強力なのだろう。杏美は深い眠りに落ちたままだ。

 いい夢を見ているのだろうか? その表情はとても穏やかだ。いや、むしろ笑顔とも見られる。

 ―今ならフラフラと出かけてしまう事もないだろう。


「鳥研、行こうか。」

「うん。」

 2人は車に乗り込んだ。

 杏美の寝顔を見て少し安堵したが、親としてはやはり心配だし、落ち着かない。そんな状態での車中泊だ。熟睡など出来る訳もない。

 眠い目をこすり、敬は車を動かす。瞼は重いが気持ちまで重いままではいけないと、若い頃から好んで聴いていたKISSのCDを、少し大きめの音量で鳴らした。

「懐かしいね。」

「そやな。ライブも行ったな。」

 まだ杏美が恵理子のお腹の中にいる頃。仲間から、「この子の産声はシャウトやな!」などと言われたのも、もう20年近くも前の話か。

 そんな幸せ絶頂の頃から14年後、思わぬ事件からの引きこもりに始まり、今の不可思議な事態。

 一体誰が想像しただろう。事の始まりから、既に6年近くも経過している。



「おはようございます。」

「あぁ、おはようございます。」

 久しぶりの鳥研事務所だ。

 菊池と杏美、そして新支所長の3人のみとなった支所。その事務所内は、見違える程殺風景になっていた。

「山村さん…でしたっけ? 新しい支所長さん。」

「ええ。今はまた探鳥に出ています。」

 支所長自らフィールドへ。無理もない。京都支所の顔ぶれといえば、右足のない菊池と、今、自宅で夢の世界を彷徨っている杏美。まともに活動出来るのは、山村支所長しか居ないのだ。


「すみません、遅くなりました。」

 かなり疲れているのだろう。遅れて京子もやって来たが、その目は敬達と同じく眠たげだ。


「なぁ、島田。」

 菊池は問いかける。

 見ての通り、何もない。菊池のデスクには、菊池のデスクトップパソコン。健太のデスクには、健太のノートパソコン。ただそれだけが、4人の目に映る。

「何が起こってるんや?」

「はい。実は、あずちゃん…いや、平野さんなんですが、様子がおかしいんですよ。」

 具体的な事は何も言えない。そもそも、両親や京子、島田にだって、何が起こっているのか分からない。一つ言えるのは、起きている間は悲壮な表情を見せるが、眠剤らしき薬を飲むと、とても穏やかな表情で眠っている。杏美はそんな状態である事。

 ―現実世界にはない幸せを、夢の中で感じてる?


 島田が口を開いた。

「菊池さんね、山ガールには会いました?」

「山ガール?」

 健太が森に入ると必ずと言っていい程、ある女の子が現れるという。その人の事を、菊池が山ガールと言って茶化すとも言っていたが…

もしかして、それすらも異世界なのだろうか?

 健太の言う山ガールが杏美の分身だというのなら、それら全て杏美の夢の中で起こっている事であり、現実世界に居て、なおかつ鳥研事務所で動きすら取れない菊池が知る由もない。

「もしかしたら菊池さん、僕らもちょっと引き込まれてるかもしれないです。健太君、ここに…どれぐらい来ます?」

「ん? そう言うたら、最近来てへんな。」

「やっぱりそうですね。でも、健太君は、朝、僕が菊池さんを連れて来てるのを見てるって言うんです。」

「意味分からん。」

「僕もです。」


 自分達の娘が何を? 島田と菊池の話を横で聞いていた敬と恵理子は、体が震え出した。

「あのね、平野君。あずちゃんを夢の世界から引き戻すには…たぶんヒントは…」

 ―絵本…か。

 絵本『赤い鳥、泣いた。』が伝えようとしている本質的部分を正しく見抜く事。

「罪と罰。平野君、あずちゃんの過去、あずちゃんを縛り付けてる何か、思い当たりません?」

 島田の言葉に、京子が鋭く反応した。

「不登校になった原因…ですか?」

「待て! 杏美は何も悪くないっ!!」

 敬は言葉を荒げた。京子は敬を諭すかの様に、落ち着いた素振りを見せた。

「はい。あずちゃんは何も悪くないはずです。でも問題は、あずちゃんの心の中で、あの出来事がどう記憶されてるか…です。」


 現実的かつ客観的な目で見ていても、答えは導き出せない。かの事件を思い返したところで、両親と京子のレベルは同じだ。それはあくまでも、杏美本人から語られた、過去に起こった出来事に関する話に過ぎない。

 その過去の出来事の中で、絵本に描き綴る事で精算したい過ち、罪と罰とは、一体何なのだろう?

 杏美の心を縛り付けるもの。その“何か”を突き止める事が、杏美を現実世界に引き戻す鍵だと、京子は言う。

 人の心理とは、他人には想像もつかない程に奥が深いのだ。


 一方で、菊池は気になって仕方がない。我らが支所長・山村健太についてはどうだ?

「なぁ、石原さん。ワシらにとったら、健太は大事な人や。もしその夢? 絵本か? その世界に引き込まれてる言うんやったら、健太も戻してやらんと。」

「もちろんです。山村さんが何で引き込まれたか、それを探るための手がかりも必要です。でもそのためには、あずちゃんの心の中を掃除する事が必要なんですよ。」

 そ希手がかりは、事務所内にあるのか? 


 健太を知る島田と京子は、彼のデスクを物色し始めた。

 野鳥に関する資料。写真関係のソフトウェアディスク。そして…

「ノートか。失礼して、見せてもらうか。」

 2人はノートを隅々までチェックする。しかし、杏美との関連性は見つからない。

 その時―。

「あれ? これって杏美のリュック?」

 恵理子が、本棚の前に置かれた赤いリュックに気付いた。

「あぁ、それな。平野ちゃん、ワシの足見てビックリして、慌てて帰って行った。それ置いたまんまで。」

 きっと、絵本を届けるためだけに来たのだろう。中には何も入っていない。

「これ、杏美んとこに持って帰りますね。」

「うん、そうしたってぇな。」

 恵理子は杏美の赤いリュックを手に取った。

「あれ? なくなってる。」

「何が?」

「『A』のプレート。ほら、ひなちゃんと、ゆりちゃんと、揃えて買うたって言うてた…」

 どこかでちぎれて落ちたのか? 仲良し3人で揃えた、イニシャルプレート。杏美はいつも使うリュックに付けて、大切に扱っていた。それが今、チェーンのみを残し、肝心のプレートがなくなっている。

 ―もしかして、日菜乃と由莉奈と別れる際、仲間である証までも失ったの?

 それは違うかもしれない。何か別の意味が含まれているはずだ。

 事の一部始終を聞いている京子は、確信は持てないが何かを感じていた。



「何でいつも俺の居場所が分かるんだ?」

「知りたい? 見てるねん。空から。」

 飛鳥は芦生で健太と合流した。


「あれ? この道行くの?」

 アカショウビンが目撃されているスポットを外し、健太は別のルートを歩き始める。

「うん、もう1つの方って、ガイドが居ないとダメなんだって。」

 原生林とはいえ管理されたエリアだ。自然環境を保護するため、一部エリアについては専門のガイドと一緒でなければならない。

「翔んで行ったらいいやん。」

「翔ぶぅ? お前じゃねえよ。」

「え? ホンマに翔べる思てんの? 何言うてんの、お前。」

「は? お前だと!?」

 健太はムッときた。歳下から“お前”呼ばわりされる筋合いはない。そう思っていた。

「トリケンは飛鳥に『お前』って言うやん。飛鳥はトリケンに『お前』って言うたらあかんの?」

 ―同じ事を、いつか誰かに言った気がする。ううん、違う。飛鳥の過去は…え? 飛鳥は子供の頃、何してた? え? あれっ!?


 嫌な記憶が、夢の中にまで蘇りそうになる。それでいて、過去の記憶など何もない。思い返すなら、皆子山の上空から見た健太のテント。それ以前には、自分はどこでどうやって生きていたのだろう?

 考えれば考える程に、疑問しか浮かばない。無駄な事はやめよう。今、自分は自由奔放に生きている。それだけでいいんだ。


「そやから、飛鳥でいいって。」

 飛鳥はそう言って、その場を取り繕ってみた。

読んでいただき、ありがとうございます。

このところ、気温が高くなったり低くなったり。

庭や近所の花壇などで咲く花も、少し戸惑ってるみたいです。

でも、鳥達はきっちりと季節に合わせて移動していますね!

次回もよろしくお願いします。

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