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その時私は鳥になっていた  作者: 日多喜 瑠璃
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第7話です。

夢の世界へ行き来し始めた杏美。

前作「赤い鳥、泣いた。」と合わせて読めば、より楽しんでいただけることと思います。

「杏美! 杏美!!」

 通信が途絶えた。敬と恵理子は、深夜の周山街道を車を走らせ、北上する。

 谷あいの暗い夜道。いくつもの急カーブが連続し、緊張感はより高まる。早く着きたいところだが、飛ばすのは危険だ。自らの心を制御するが如く慎重に、確実にハンドルを切っていく。

 何度も何度も走っているこの道。夜である事ももちろん影響しているが、娘の事を心配し、想う気持ちから、焦りの色は隠せない。いつもと比べ物にならない程に、道のりは長く感じてしまう。

「やっと京北か。」

 峠を貫く長いトンネルを抜けて、車は町に入る。

 町とはいえ、2人の暮らす市街地とは異なり、普段から人影まばらだ。夜ともなると明かりも少なく、辺りは暗闇に包まれていて、その暗さが更に2人の胸を激しく打つ。


「あの車…」

「石原先生?」

「いつもこうやって杏美の事、見てくれてはるんや。」

 京子は杏美の家には入らず、自分の車の中から窓の明かりを見ていた。敬の車を確認すると、ドアを開け、ゆっくり近付いて来た。

「今晩は。」

「あず…杏美は?」

「眠っているはずです。」

「はず?」

「ええ、外に出た様子はないので。」


 目の前で薬を飲み、深い眠りについた。

 時間が経てば目覚めるはず。そう思い、京子はその翌日も、杏美の自宅は訪れていた。

 京子は、自身の知る範囲で話し始めた。


 杏美は絵本を持って鳥研事務所へ行った。両親には「事務所に置いてもらう」と言っていたので、それは知っている。しかし―。

「1人で行ったんです。バイクで。」

「あの、僕の乗ってたあれ…ですね。」

 そう言って敬は、母屋の隣の物置小屋の扉を開けるべく、取手を握った。

「鍵、かかってますよ。」

「ええ。あ、あれ?」

 右手に持った鍵。

「開かへん。ん? 間違うたやろか?」

「これ、母屋やろ? ほな、こっちがこの小屋のはずやで。」

 2本の鍵を交互に挿してみる。鍵は開かない。眠っているはずの杏美を起こすのもいかがなものかと思いながら、3人は母屋のドアを開けようとした。


 ガチャッ―


「あっ…杏美…」

「お父さん。お母さんも…ただいま。」

「え? 何言うてんの? 杏美、寝てたんやろ?」

「ううん…遊びに行ってた。」

 ―こんな夜中までどこへ? いや、ちょっと待て。

「家の中に居ったんちゃうの?」

「家の中から…うふふっ!」

 杏美は笑っていた。



「鳥研にね、新しい支所長さんが来たらしいです。」

「そう。あずね、その人が森に居ゃはるのが空から見えるねん。」

 ―空から? 何おかしな事を?

 3人は怪訝そうに杏美の顔を見た。

「兎に角中へ。」

 そう言って敬は、少し軋む木の扉のノブを掴み、恵理子と京子を先に通した。


 杏美はソファに膝を揃えて座る。3人は辺りを見回した。

 何も変わった様子はない。恵理子が杏美の隣に、敬と京子がテーブルを挟んで独立したソファにそれぞれ腰掛けた。

「これは?」

「あ、ごめんなさい。散らかしたまんまやった。」

 杏美はそう言うと、何やら錠剤らしきものを慌てて手に取った。

「待って、あずちゃん!」

 杏美は手の中の物を背中に隠すように、両手を後へ回した。

「見せなさい。」

 敬が手を差し出す。

「出しなさいっ!」

「恵理子っ! 怒ったらあかん!」


 少し怯えた。母・恵理子の、珍しく強い口調。杏美の脳裏によぎるのは、あの時の島田と重谷の言い争い。激しい罵り合い。

 ―もしかしてお母さんに、あんな風に罵倒される?


 島田が鳥研を去る時、同じ様に菊池との罵り合いがあったのだろうか?

 罵り合い―。


 中学2年のあの日。

 あの頃、活発で気の強かった自分。そんな自分が、あの日起こった出来事、忌わしい記憶のせいで、今はいともあっさり涙を流してしまう。


 薬を握り、隠した事。そんな事から始まり、嫌な記憶は連鎖的に蘇り、ついにはソファの下、テーブルに潜り込む様に崩れ、杏美は泣き伏してしまった。

 またしてもあの日の事が、あの瞬間の全校生徒の目線が、その直後に繰り広げられた、パニックとも形容出来よう事態が、全て杏美の脳裏に―。


「恵理子っ!」

「お父様…」

 3人の声が、いちいち胸を突き刺す。

 父が、母が、そして、恩師である京子が。

「いやぁああああっ!!!」

 杏美の甲高い叫び声がして、テーブルがひっくり返り、大きな音がした。

「あ、あ、ダメっ!!」

「元に戻して!」

「恵理子っ、お前が大きい声出すからっ!!」

「お父様! 今はそんな事…」

 ここに居る4人全員がパニック状態に陥った。

 兎に角この状態を鎮静化する必要がある。両親がこの状態では、話にならない。

 この中で一番冷静に近かったはずの京子だが、そう思えば思う程、自分の頭の中までもパニックが加速してしまう。

 その時―。


 ギィィー――


 ドアの軋む音が聞こえた。

「大丈夫ですかっ!? どうしました!?」

 杏美以外の3人が、ドアの方に目をやる。品と丸みのある低い声の持ち主。

「島田さん!」

 この中でまだ落ち着いている方た思われる京子が、その姿を見て声を上げた。

 島田は、裏返ったテーブルの横に沈む杏美の姿に気付いた。

「兎に角、皆さん落ち着きましょう。」


 無理だ。この状況で落ち着くなんて。何をすれば? どう気持ちを切り替えればいい?

 島田は、鋭い目をしながらも優しい表情を見せて言った。

「皆さん、深呼吸して確認しましょう。4人共、今はここに居られます。テーブルはひっくり返って、ソファはあっちこっち向いてても、この空間に皆さんはちゃんと居ます。」

 ―ハッ?


 何と冷静な男だろう。この部屋は、視覚的には荒れている。でも、一人一人ここに居る事実については何も不思議ではない。皆、同じ空気を吸っている。何も…問題などないのだ。

「島田…」

 敬は島田の顔を見た。島田は優しい目をして頷いた。


「お前…何でここへ?」

 不思議そうに敬は訊く。

「言うてへんだかな。僕は今、美山に住んでる。鳥研のアプリ開発しながら、森で探鳥もしてる。」

 だがそんな事は後回しだ。今、杏美の心の中に起こっている事、それを確かめ現実に戻してあげる事が先決た。

 島田はそう言った。


「現実って何や?」

 敬はそう言うが、自分達は今、現実を見ている。

 目の前で起きている事、床に伏す杏美、青ざめた顔の恵理子、口元が震えて言葉も発せない京子、荒れた部屋、そして、何もかも知っているかの様な、落ち着いた様子で現れた島田。

 それら全て、現実だ。そんな現実の中で、杏美の心は一体何処に居るというのか?

「教えてくれ、島田。」

「僕もよう分からん。でも、ひとつ気になる事があって。」



 杏美はそのまま眠ってしまった。深い眠りに陥った杏美をソファに寝かせ、声をひそめて島田は話し始めた。

「山村健太君って知ってますか?」

「誰? 私は聞いた事ない。」

 初めて聞く名前だ。唐突に何故その人物が? 恵理子は思わず顔を顰めた。

「鳥研の…新しい支所長さん…ですね?」

 杏美と鳥研・菊池との連絡を取り合う京子は、会った事はないがその名前は知っていると言う。

 島田は言った。

「僕は、健太君と会うた事がある。」


 鳥研京都支所長であり野鳥写真家である健太は、限界とも言える少人数の支所の中で、自ら足繁く森へ、探鳥に出かけているという。

 探鳥アプリを開発している島田は、健太の探鳥行動をデータ化し、アップデートプログラムを作成している。

 健太は、出かける際にはGPS機能をオンにし、自身の居場所が菊池に分かる様、アプリを活用していると言うが―。

「森へ行くと、健太君のマークが消える。」

「機能が働いてへんのか?」

「いや、充分機能してるはず。」

 なのに何故? 

「これは健太君から聞いた話で…」

 そう断ったのち、島田はその内容を語り始めた。


 健太は森へ行くと、ある女性と会うという。菊池が“山ガール”と言って、健太をからかうその人だ。だが、何故かその時には健太のマークは表示されていないのだ。

「その“山ガール”が?」

「たぶん…」

 杏美だと言う。

「この薬…」

「眠剤やな。それは間違いないはずやが。」

 敬はまだ、この薬を眠剤だと信じている。それは皆も同じだ。しかし―。

「あずちゃんなぁ、精神的ストレスから眠剤飲んで寝たら、夢の世界を彷徨ってしまうんやと思う。」

 ―夢の世界って、意味分からん。

 敬と恵理子はキョトンとした。対し、京子は島田の言葉をすんなり受け入れた。

「でも、それなら健太さんは関係ないですよね?」

 確かにそうだ。しかし、そこに健太が絡むのなら健太の何処かにその理由があるはずだ。

 島田はそう言った。

「兎に角、朝になったら僕も菊池さん送って事務所に行くから。平野君と奥さんも、あと、先生も一緒に…」


 何か手がかりが見つかるかもしれない。

 4人は、島田の言葉に少しの期待感を持って動き出した。

読んでいただき、ありがとうございます。

この投稿をした4月16日現在、夏鳥達はどのくらい飛来しているのでしょう?

昼過ぎから雨模様、雷まで鳴る状態。

森では、アカショウビンは鳴いたのでしょうか?


次回もよろしくお願いします!

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