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その時私は鳥になっていた  作者: 日多喜 瑠璃
3/13

3

第3話です。

対人恐怖に陥った少女と、彼女を救おうとする人達の奮闘。

まだまだ序盤です。

 兎に角生きづらい。人の言葉が、表情が、いちいち心に刺さってくる。


 会のメンバーとして迎えられた杏美だが、日にちが経っても、京子の同伴がなければ事務所に入る事が出来ないままだ。

 ひとまず島田と菊池の2人からは、恐怖心を拭い去る事が出来たかもしれない。しかし、この男はどうだ?


 重谷(しげたに)という男―。

 島田とはウマが合わないのだろうか? 来る日も来る日も、彼が顔を出せば島田と言い争いになる。

 争いは嫌いだ。荒々しい言葉や口調は、自分に向けられたものではなくても胸に突き刺さり、苦しくなる。

 それは島田の言葉とて同様だ。安心出来る人物であるはずの彼も、重谷の暴走を抑えようとする余り口調は荒くなり、声も大きくなる。

 重谷は今、何らかの理由で島田を罵倒し、支所の秩序を破壊しようとしている。

 彼の手に握られた、小さな野鳥の卵―。

「重谷! お前…何持って帰って来とんねん!!」

「怒るな怒るな。研究の材料にならへんけ?」

「なるかい、ボケ!! それは自然破壊じゃ!!」

「研究するからにはな、多少の犠牲は必要なんや。言うたかて、鳥やんけ。人を犠牲にしてる訳ちゃうやんけ。」


 ―それは違う。野鳥だって、必死な思いで命を繋ぎ、育もうとしている。鳥研の活動って、そのために環境を改善・維持していく事やん。そんなんあずでも分かるわ。

 言いたくても言えない。この言い争いに巻き込まれたくない。重谷には関わってはいけない。


 ―この男は…敵や!

 恐怖なのか、何なのか。得体の知れない感情が、どんどん積み重なる。

「いやぁぁあああああ!!!」

 耐えきれず、杏美は思わず大声を上げた。

 ―あかん!

 菊池は島田と重谷を外へ連れ出した。


 30分程経っただろうか? 菊池が項垂れる島田を連れて戻って来た。

 戻ってきたのは2人だ。もう重谷は居なかった。

 外でどんなやり取りがあったのかは、杏美には分からないが、島田の表情からは、怒りよりむしろ悔しさが見て取れた。

「もう彼奴は来やへんで。ごめんな、平野ちゃん。」

 デスクで泣き伏せる杏美に、菊池は優しい口調でそう言った。


「島田! 今すぐ『クビや!』って言え!! 頭数揃えたって、こんな考えで動く奴とはやって行けへん。いつまでもこんな奴置いとくさかい、こんな事になるんや!!」

 菊池は、島田にそう怒鳴りつけた。重谷の目の前でだ。

 菊池には、重谷を辞めさせる権限がない。しかしその表情は、さすがの重谷でも恐れてしまう程のものだった。

 支所ではこの男は必要としない。むしろ害になる。菊池はそんな意味の言葉を叩き付けた。

「退会…してくれ。」

 探鳥には長けている。自分にはないものを持っている。島田は、それが悔しくてならなかった。

 重谷は、島田の一言より寧ろ菊池を恐れ、その場を去った。


「ええか。活動だけやない。自分にとって“害”やと思う気持ちがあったら、其奴と付き合っていく事なんか出来ひん。自分が苦しなっていくだけや。そやから、力持ってようが何しようが、彼奴みたいな奴はさっさと切らなあかん。そういう割り切りがないと、生きづらいだけなんや。な!」

 菊池の言葉は、杏美にとっても痛い程に突き刺さるものだった。

 ただしかし、ここで起こった言い争いは、過去のトラウマを呼び覚ましてしまっていた。重谷の、人を小馬鹿にした様な言葉。

 ―やっぱり人が怖い。

 そう呟いて、杏美は帰宅した。

 次の日から、事務所に彼女の姿はなかった。



 学校での事件からも、いつの間にか1年半が過ぎていた。

 時の流れというものは、大人にとっては早いものだが、10代の少女にとっては、それはとても長いものだ。ましてや杏美に限って言えば、この間を殆ど自宅で過ごしている。

 普通ならば学校へ通い、学び、仲間と遊ぶ。そんな密度の濃い日々を過ごすはずなのだ。

 しかし彼女には、中学生生活の半分を過ぎた辺りからはそんな日々など存在し得なかった。

 そして―。

 不登校のまま、杏美は中学校を卒業した。


「本を書きたい。」

 高校へ進学する事をやめた杏美は、京子が元国語教師であった事を知り、そう言った。

 京子は、また新たな不安を感じた。

 中学生活の半分を不登校で過ごした杏美は、持って生まれた才能とまで言える文章力を持つ反面、多方面においては必要最小限の知識しか習得していない。

 本を書くというのは、多彩な知識が求められる。また、ある時には取材のために人と接する事も必要となるだろう。

 今の杏美の状態で、何をどの様に伝えたいと言うのか?


 悩みに悩んだ結果の答―。

「あずちゃん、絵って描けたよね?」

「下手です。」

「先生はそうは思わへんよ。絵の上手下手って、形じゃないねん。伝わるかどうかやねんで。先生は、あずちゃんの絵は“伝える力”を持ってるって思うねんで。」

「あずは文章書きたいんです。」

「分かってる。でもね、絵本っていうのは絵がメインに思われるけど、絵は印象付けるためのもので、伝えるのは短い文章。あずちゃんには、短い文章で伝える能力があるねん。だから、伝える絵と伝える短い文章で、思う事を好きな様に描いたらどうかな?」

 京子の言葉は、杏美に対し、何一つとして否定の言葉を用いない。さすがである。

「もちろん何を選ぶかはあずちゃん次第。」

 京子はそう言って、言葉を和らげた。


 高校進学はしないのだから、京子は講師としての仕事を満了した。

 ―それでいいの?

 自問自答した末に出した答。心理カウンセラーとしての資格。それを活用しない手はない。

 京子は、杏美に対し、特別な感情を抱いた。

 ―この子は何か不思議な力を持っているはず。

 その、まだ見ぬ力に惹かれ、京子は今後も杏美をサポートしていく事を望んだ。


 対する杏美は、京子に対しては自分の想いをぶつける事が出来た。

 両親以外誰も信じていなかった彼女だが、この1年半の間に少しずつ心を開き始めている様だった。

 そんな杏美に対し、京子も自分の意見を投げかける。

 如何なる場合も、杏美の想いを否定するのではなく、反応を見ながら、助言していく様に柔らかく伝えていく。

 言葉のキャッチボール。それは社会化にあたって必要不可欠となるが、京子は杏美にとってのそのハードルを、確実に下げていった。


 ―あずの絵?

 パソコンのモニタ越しに、杏美は何かを描き始めた。下書きなどせずとも、彼女の右手に掴まれた朱色の色鉛筆が、紙の上に小さな命を浮かび上がらせていく。

「あずちゃん、それは?」

「アカショウビン。」

 その名は耳にした事はある。しかし、赤い鳥など本当に居るのだろうか?

「それは、現実に居る鳥?」

「はい。」

 鳥研事務所で島田達が話していた鳥。それは、京都府内で絶滅が危惧される、稀少な鳥だ。

「ホンマに居るのね! 見てみたいわ。」

 京子の胸も、少しときめいた。

 ところが。


 杏美は首を横に振った。

「この子はね、沢山の罪と罰を背負ってるんです。そやから…」

 この鳥を追いかける鳥研のメンバー達は、激しく罵り合い、そして仲間割れしてしまった。

「あずは、この子の絵本を描きます。あず自身の罪と罰を込めて。」

 ―そんな深い事を?

 京子は言葉を失った。



 杏美の想いは、手品の様に止めどなく引き出されていった。

 難しい言葉なんて知らない。だからこそ、絵本だ。

 京子が杏美に言いたかった事は、杏美の天才的頭脳で巧みに処理され、実践されていった。

 そしてその絵本は、僅か数日の内に描き上げられた。


『赤い鳥、泣いた。』

 泣いた―。

 そのタイトルに充てられた文字は、囀りなどとは異なり、(あたか)も人が涙を流すかの様に記された。

 罪と罰―。

 杏美はそう言った。京子は、杏美に訊ねるまでもなくその意味を察した。杏美の心の奥にあるもの。それは、京子には手に取るように分かった。


 青く美しい小鳥は、森に火を放った人間を追い払うため、彼らに火の粉を浴びせた。しかし、その火の粉は自分にも降りかかった。炎に包まれた自らの体は、燃える様な赤い色に変わった。


 あの、教室での森山との言い争い。

 何故、言葉を返したんだろう? 

 何も言わずにサラリと流してしまえば、彼奴はあんな行動に走らなかったはず。

 思えば自分自身も、たじろぐ森山を見て楽しんでいたのではないか? だとすれば、自分も酷い人間だ。罰を与えられて当然だ。

 ―だから、あんなに真っ赤になる程の辱めを。


 杏美は、自分を責め、書き殴るかの様に、自らを小鳥に置き換えたのかもしれない。

 たがらこそ、小鳥に罪を背負わせ、そして罰を与えたのだろう。

 しかし―。

「子供の…絵日記やわ。」

 読み返す程に襲ってくる自己嫌悪。雑でまとまりのない絵。幼稚な文。

「絵日記にもならへん。」

 これにはさすがに京子も頭を抱える。「そんな事はない。」と言えば、それは嘘になる。


 杏美の言う通り、それは雑でまとまりのないものだった。

「そうね…」

読んでいただき、ありがとうございます。

救うつもりでも、言葉を間違えるとプレッシャーになったり、逆効果を生んでしまいますね。

難しい題材だなって思いながら、何とか書きました

次回も是非読んでみてくださいね!

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