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第12話です。
天気が心配されたGWですが、少し好転したようです。
アウトドアでも、ホテルでも、自宅でも…
ちょっとだけ時間を割いて、文字に触れてみたい。
そんな風に思っていただけたら嬉しいです。
いよいよクライマックスです。
花背。
山間の小さな町は、上桂川と共に人々の暮らしが営まれている。
自然豊かなこの地に、アウトドア・レジャー施設が建設されていて、件の寺院に向かうには、この施設からさらに北上し、数少ない分岐を右折する。
この辺りの地理は、島田のよく知るところ。
杏美と杏美の両親、京子、そして、杏美の親友である日菜乃と由莉奈が同行する。
日菜乃と由莉奈は、現在、大学生だ。
日菜乃はIT企業を目指す。それゆえ、島田や敬との関わりも持っている。
一方の由莉奈は、杏美の不登校を期に教員を目指す事を決めた。それも、一般的な学校教員ではなく、京子と同じ道である支援学校講師を選考している。
大好きだった親友・杏美との関係を絶ちたくない。それ程までに深い絆を持った3人だ。
「この三叉路ですね。ここから山へ入って行って、途中から歩く事になります。」
修験道。修行の寺だ。
修行体験なども行われているとはいえ、その場所には易々と辿り着ける訳ではない。
7人は車を降り、歩き出した。
―あずの様子がおかしい。
日菜乃は杏美の、その体温を失った様な青白い顔色が気になっていた。
山へと、奥地へと進むにつれ、次第に杏美の表情は失われていく。不安がよぎる。
その頃鳥研事務所では、健太とクライアントらしき人物との、電話のやり取りが行われていた。
健太は、とても険しい表情で受話器を置いた。クライアントと写真家協会から、かなり激しく罵倒された様だ。
しかし、それは全て健太自身のミスが原因だ。
依頼のあった写真。そのストックがない事から、慎重さを欠いた対応をしてしまった故の事だ。
歯痒さ、悔しさは、健太の心の中でやり場のない怒りに変わり、俯いたまま両手で拳を強く握り、折れそうな程に強く歯を食いしばった。
「行かなきゃ!」
ふと思い立った様に、健太は立ち上がった。
「暗い森に、1人待たせている。」
真昼間だというのにそう言うと、悪い予感が働いた菊池の制止を振り切り、八丁平へと向かった。
「時間がねぇや!」
健太はそう呟いて、花背峠から二の谷への近道である尾根伝いの林道へとハンドルを切った。
健太のマークが、探鳥アプリから消えた。
「峰床山まで?」
「いえ、右側、三本杉の方へ。僧都谷っていう谷が、修行場って仰ってました。」
―今もそんな修行ってやってんのかな?
それさえ疑問に思いながらも、従うしかない。幸い、かつてこの御神木である杉を守る人々が暮らす集落もあったとされ、特に険しいという訳ではない。
「あず、大丈夫?」
青春時代を引きこもって過ごした杏美にとって、整備されていたとしても登山道を歩くのは辛い。
「杏美、山に行く時って?」
「しんどくないよ。だって、あず、空翔んでるから…」
杏美は、棒読みの様な口調で言った。
空翔んでるから―。
その言葉が、日菜乃の、由莉奈の心を突き刺す。
―あず…
無表情なままの杏美を見て、涙が溢れそうになった。
おそらく心だけが夢の世界に迷い込んでいるのだろう。聞けば馬鹿げている様だが、それ故淡々と放たれる杏美の言葉を聞く度に、2人の、いや、6人の胸は抉られる感覚を覚える。
もう間もなく三本杉が見えてくるであろう地点に、7人はたどり着いた。
「ようこそお越しくださいました。」
現れたのは、修験僧だ。穏やかな表情で、7人を迎えに来た。
「ご相談いただいた件ですね。」
そう言うと、修験僧、いや山伏は、僧都谷へと向かう道を先導し、歩き始めた。
「ここ、大悲山は、山全体が信仰の対象となっていまして…僧都ってご存知ですよね? 特に石原先生。歴史の授業でもその名が出て来たかと思うのですが。」
「僧都谷…あ、俊寛僧都! 法勝寺の。」
教員免許取得を志す由莉奈が素早く反応し、答えた。
「そうです。俊寛僧都は落人としてここに住まい、この谷辺りで妻子が病気で亡くなられたと言われています。よくご存知ですね、ゆっぴ…あ、いや、林さん。」
―え!? 今、「ゆっぴ」って!?
由莉奈は、僧侶の顔を見た。
その鋭い目、鼻筋通った顔立ち。その顔にリーゼントをイメージしてみた。
―もしかして!!
「番長? 重谷君!? 重谷和樹君よね!?」
相変わらず杏美は無反応だ。
杏美と京子を除く5人は酷く驚いた。杏美の両親は、それこそ呆然と立ち尽くした。
目の前に現れた山伏が、和樹本人とは―。
しばし沈黙が続いた。
やがて和樹は、三本杉の前で跪いた。
「平野様、本当に申し訳ありませんでした!!」
唇を震わせ、両目に涙を浮かべると、和樹はおでこを地面にぶつけ、尚も謝り続けた。
その様子を見ていた敬は、言葉を荒げる事もなく冷ややかな口調で言う。
「なぁ、和樹君。頭下げる相手…間違うてへんか?」
和樹は地面に伏したまま、「はい」と力なく言うと、杏美を、日菜乃を、由莉奈を見て、あらためて頭を下げ、「私は、あなた達の貴重な青春を奪ってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。」と連呼した。
和樹は、中学時代の過ちを悔い、京都市内を離れ、修験道に勤しんだ。
「修験僧は山伏の様に言い伝えられていました。私は、ご両親に謝罪した後も、邪念が捨てきれませんでした。自然軽視により破壊行為を繰り返す父親の存在があったからです。そこで私は、出家するとともに呪術を身に付け、過去の精算と父親の悪業を封じる事を試みようとしたのです。」
呪術は失敗した。心ない者に、心を改めるなど不可能なのだ。
そして和樹は、ここでさらに大きな過ちを犯してしまった。
「写真家の山村健太さん。その方が鞍馬街道を通り、久多へと向かわれました。それは石原先生から伺っております。山村さんは、杏美さんの願いがかけられた何かを、きっと誤って携帯されていたのでしょう。私は、その何かに『気』を振りかけてしまった様なのです。」
願い―。
「あっ! キーホルダー!! 3人で揃えたイニシャルプレートの!!」
日菜乃が気付いた。
「あず? あずのキーホルダー…どこに?」
「それはきっと、健太さんがお持ちなのでしょう。菊池さんより、赤いリュックに付けられていたはずのそれが、なくなっている事を聞いております。お2人は現実のこの世界で出会うはずだったのですが、2人して空間の歪みに迷い込んでしまった様なのです。」
その時―。
杏美の目が潤んだ。
―ここは、あず…違う。飛鳥の夢の世界。飛鳥? じゃあ、私は誰?
「山が…山が燃える。」
現実とは異なる、飛鳥の夢の中の世界。
飛鳥と健太は、アカショウビンを探す事を目的に、八丁平に居た。
ちょうど昼時になり、健太が湯を沸かすために、アルコールバーナーに火を着けた。しかし―。
「あっ!」
事もあろう、飛鳥はその燃料のアルコールを溢してしまった。
瞬く間に燃え広がる炎は、健太の必死の消化活動で鎮火した。
「何やってんだよ!!!」
健太は、かつてない程の怒りの形相で飛鳥を怒鳴りつけた。怖い。怒号がこの上なく怖い。
逃避する事は可能だ。全ては夢の中の…異世界の中での出来事だ。もう飛鳥という名の自分と決別し、現実世界のみで生きたい。いや、そうでなければならない。
飛鳥は1人山を下り、バイクに跨ると、尾根伝いの林道を走る。
同行する皆の前に体を残したまま、杏美の心の中で飛鳥が動いている。
―早く戻らなければ。
そんな想いの涙が、現実世界の杏美の頬を濡らし始めた。そして、杏美の体がガクンと落ちる様に揺れた。
飛鳥は、バイク諸共谷に引き摺り込まれていた。
「呪術を解きましょう。」
和樹は杏美の肩にそっと触れた。
「待って! 待ってください!! 健太さんは!?」
―大切なものに気付けば、優しさを取り戻せば、必ず戻って来れる。
和樹は京子の顔を見て、言葉を発する事なく頷いた。キリッとしたその目は、自信に満ち溢れていた。
キョロロロロ――
「トリケン…見つけてくれて…ありが…とう…」
「鳥研? ん? 健太君??」
「あず? どうしたん? あず!?」
キョロロロロ――
「鳥の、アカショウビンの鳴き真似?」
日菜乃と由莉奈は、自分のイニシャルプレートのキーホルダーを握りしめた。
「あず…聞こえる? 夢はもうおしまい。現実に帰ろっ。」
2人は声を合わせてそう唱えた。その時―。
「あっ!!」
杏美の体からフッと力が抜け、硬っていた体が軽くなった。まるで空に舞い上がるかの様な、ふわっとした感覚を伴った。
長身である日菜乃が、そんな杏美を受け止めた。7人が杏美を囲み、遠い国から帰還する仲間を迎えるかの様な優しい目で見守った。そして―。
「ひな! ゆっぴ! お父さんお母さん! 先生! 島田さん! …え? 番長? 番長ね!?」
杏美は、目覚めた。皆の想いが届いたのだ。
「よかった…」
和樹の目から、涙が溢れた。
和樹は、もう一度杏美に頭を下げて言った。
「私は、もう番長ではありません。一修行僧にすぎません。『長』が付く人とは、厳しい修行を満業し、人の心に寄り添い、幸せに導く事が出来る人の事です。修行僧なんて、一般の人々より低い位置に存在する。私はそう思って修行を続けています。人を導く事…修行で身に付く一つ一つを一般の方々の力に変え、幸せを願う事。それが我々修行僧に出来る“呪術”なのです。私は、父親の悪業を『封じ込める』と勘違いし、未熟な呪術を放ち、またしても失態を犯してしまいました。お許し頂けるなどとは思っていませんが、もし今、杏美さんや皆さんに対し、幸せの後押しが出来るなら、これら全てを省みて、是非お力添えさせて頂きたいのです。」
「和樹君、健太君は?」
健太の事が気になる。島田は焦りを隠せない。それは当然だろう。
しかも島田が作成した探鳥アプリのマップには、健太のマークが表示されていない。
「あず? あずはどこに行ってたん?」
「尾根伝いの林道。あずはバイクごと谷に引き込まれる…夢、見てた。健太さんが必死になって助けてくれた…はず。」
―谷に!? カッパやわ!
「思古淵…思古淵神社よ! 和樹君、思古淵神社ってどこに?」
「朽木小川、百井、久多に在ります。あと、大見には小さな社があるはずです。八丁平なら、久多か大見でしょう。」
京子は安曇川のカッパ伝説を思い出した。カッパの悪行を封じ込めたのは、思古淵という人物。そしてその名が付けられた神社。
「私、久多に行ってみます。」
一方―。
「あず、大見に行ってみる。お父さんにもらったバイクやったら、あそこの林道走れるねん。」
夢の中の自分と同じ様に、健太も谷に引き込まれたのなら…杏美はそう言った。
京子の車に日菜乃、由莉奈が同乗。杏美、そして島田と杏美の両親も、それぞれ手分けして、安曇川水系にある思古淵神社を片っ端からあたってみる事にした。
どれぐらい時間が経ったのだろう?
鳥研京都支所に、緊急事態通知が入った。それは杏美からだ。
「見つけました! 尾根伝いの林道です! 谷に落ちて、気を失ってます! 健太さーーーん!!!」
一刻を争う事態だ。菊池はすぐに救助隊を手配した。
小雨の降り続く中、すぐに大見上空にヘリが到着した。
健太は体温が下がった状態で救助された。
「健太さん、夢は終わったよ。早く現実に返ってね。」
杏美は空を、飛び去るヘリを見つめ、そう呟いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
前作「赤い鳥、泣いた。」で、“グラデーション・ファンタジー”という表現を、レビューにていただきました。
本作は、「赤い鳥…」と同一時空間で、現実世界で何が起こっていたかを描いています。
読んでくださった皆様は、どのように感じられたでしょう?
残すところ、あと1話。
次回も是非、お願いします!




