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その時私は鳥になっていた  作者: 日多喜 瑠璃
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第11話です。

とうとうここまで来たっていう思いになっています。

いよいよ佳境。

前作「赤い鳥、泣いた。」と同じ時空間で展開しています。

 その時、京子は京都市教育委員会を通じ、杏美の同級生について調べていた。

 平野杏美。その名を聞けば、当時在籍していた教師たちは皆、顔をこわばらせてしまう。例の事件を思い出さずにはいられないのだ。

 そんな中、京子は事件に関わった生徒や杏美の友人に関する情報を、僅かでも構わないからと言って聞き出し、集めていた。


「重谷…え? 重谷君って子が!?」

 その名はすぐに浮かび上がった。心理カウンセリングによる杏美の心の治療だと言えば、事件の全容は否が応でも話さざるを得ない。その鍵となる人物として、森山悠斗、そして、重谷和樹の名が挙げられたのだ。

「それで、その子は今…」

「修行僧と聞いています。花背にある修験宗のお寺ってご存知ですか? 花背から峰床山に登る登山道の方に…」

「分かります。八丁平へのルートですね。」

「八丁平ってのがよう分からないですけど…」

「あ、兎に角場所は分かります。平野さんと関わりのある人が、野鳥研究会っていう団体の人で、京都府の山とか自然を熟知されてるんです。」


 杏美と森山の事件に関し、冗談のつもりで森山を唆した重谷和樹。彼はその後、自慢のリーゼントを刈り落として平野家に頭を下げに行った後、出家したという。

 しかし謝罪の時、両親共に付き添う事はなかった。    

 母親は家を飛び出して消息不明というが、その理由は、父親の行動に愛想を尽かしたからとも、父親の暴言暴力に耐えられなかったからとも言われている様だ。

 また、兄が居たというが、その兄も消息不明。

 一説によれば、刑務所に居るとか。それは…きっと、ただの噂だろう。

 あの父親にして、この家族あり―。

 思えば、和樹という人物はこの家族に居て、唯一まともな道を選んだのかもしれない。

「その、そこにあるお寺に行ったら会えるんですね?」


 今必要なのは、何故杏美が自身作の絵本の内容に「罪」と「罰」を入れ込んだのか、そのルーツを探る事だ。当事者である和樹なら、当時の事をはっきりと記憶しているはずだと、京子は考えた。

 とはいえ、そのルーツを知ったところで、全てが解明出来る訳でもないだろう。じゃあ、何故それを調べるのか?

 それは京子自身も分からない。ただ、誰かに言われた気がした。「答はそこにある」と。


「山伏…かぁ。一端(いっぱし)の不良少年が出家して山伏。」

 山伏=修験者。呪術的イメージがあり、多少恐怖心を抱き、そして拭いきれない。

 しかし、現代において呪術という物が果たして存在するものなのか? むしろ、山に伏して自然の力を授かる、そんな修行体験が行われているのであるから、現代で言う山伏には“修行僧”という呼び方が適切なのだろう。

 ―ん? 待って!?



 島田のもとに、一本の電話が入った。京子からだ。

「もしもし。あ〜、そうですね。息子さんは和樹君の様ですね。」

「で、その重谷さんって人は?」

 京子には申し訳ないが、島田はその男とはなるべく関わりたくない。

「あ、ならいいです。ところで…」

 修験道、山岳信仰、山伏―。

 キーワードが浮上する。

 やはり、和樹と会って話をしたい。いや、すべきだ。

 自然破壊も厭わない父親と、自然との深い関わりを持つ山岳信仰に身を投じた息子・和樹。そして、そこに飛び込んで行く、和樹とは同級生である杏美と野鳥写真家・健太。

 その全てに対する因果関係が、きっと何かあるはずだ。何か呪術めいたものが動いているのでは?

 島田は、京子からそう伝えられた。


「分かりました。それは、あずちゃんのご両親と菊池さんに話はしてもいいですか?」

「和樹君に会うと言えば、たぶんご両親は穏やかではいられないでしょう。」

 それは尤もだ。大切な一人娘の青春時代を奪った…いや、奪うきっかけを作った張本人だ。しかし―。

「いずれは会うてもらわんと…」

 島田はそう言う。

 和樹は自身が犯した過ちを省みて、自身の青春を自ら捨て去り、出家した。彼は、自らの罪に自ら罰を与えたのだ。

「自らの罪を心から悔いる人を、目を瞑って許す事が出来たら…」

 父親を許す事は出来ない島田も、和樹の思いは受け止めたい。そんな気持ちでいた。



「何でって…話しても誰にも分からへん。」

 目覚めると同時に溢れ出た涙。揺れ動く心。そんな杏美を見つめ、恵理子は不安げに問う。

「何処かに行ってたんやろ? ねぇ、話してくれる?」

 受け入れるなんて無理だ。しかし、受け止める事なら出来るかもしれない。我が娘の事だから、しっかり聞いてあげたい。

 空を翔んだ事―。

 自由な様で、気ままな様で、何かに怯えている様な不思議な感覚。ちゃんと覚えているのか、それさえも曖昧だが、杏美は小さく震える声で言った。

「え、え〜っと、森…そう、森に行ってた。」

「泣いたのは何で? 悲しい事があったの?」

「悲しいっていうか…そう、たぶん…」


 微かな記憶を呼び起こせば、山道で激しく転んだはずだ。木の根に当たって膝を痛めたはずだ。なのに膝の痛みなど、今は微塵も感じない。

 だが、そんな不思議は微々たるもの。

 それより、愛しかけた人に裏切られる様な扱いを受けた。それが悲しい。赤い鳥が、その人の心を狂わせている。

「あずには、その人に何してあげられるの?」

「え? 傷付けた人を助けるって言うの?」

「その人は悪い人じゃない。赤い鳥に操られてるねん。」

「そんな…操られてるなんて…」

 ―じゃあ、何で赤い鳥の絵本を描いたの?

 恵理子の頭の中に、大きな疑問が生じる。すると、杏美は珍しく続けた。

「赤い鳥は、悪い事をして罰を与えられてん。そやから…」

 ―罰を受けて、心の中の醜い部分を洗い流して。

 失った過去は取り戻せない。せめて振り返らずに、今からを幸せと思える様に。絵本は、そんな自分の人生の指針みたいなもの。

 杏美はそう言った。そして、同じ様に心に闇を抱える者が居るのなら、その人を救いたい。

 夢の中なら会える。翔んで行ける。


 この背中に翼があるのなら―。



 ギィィ――


 ドアが開いた。そして、声がした。

「じゃあ、その人を救うために、まずはあずちゃんの心の膿を絞り出して洗いましょう。」

 京子だ。

「心の膿? それは何なの?」

 一度は元気を取り戻し、バイクで駆け回った杏美。しかし―。

「全ては絵本に、『赤い鳥、泣いた。』に込められてる。そうよね? あずちゃん。」


 〜〜小鳥は火に包まれて真っ赤になってしまいました。

「そうだ! 川に飛び込めば、火が消えるかも。」

 ところが、小鳥は愕然としました。川には水がないのです。

「神様ごめんなさい。僕は悪い事をしました。もうこんな事はしません。どうか、雨を降らせてください。川に水を流してください。」〜〜


 絵本に綴られたこの部分を指して、京子は言った。

 自らが“罪”と感じた行為や言動。それが引き金となって誰かが傷付いたとすれば、その償いは自分1人では成し得ない。傷付けた相手や、周囲を取り巻く人達が居て、初めて償えるもの。

 絵本に込められたのは、そういう想いでは? と、京子は杏美に問うた。

 杏美の目から涙が溢れた。そして、その頭をコクリと縦に振った。

 

「あずちゃん、山へ行こう。花背から峰床山に入るルート、分かるでしょ? そこに…」

 ―杏美の心の中の膿を絞り出してくれる人が居る。

「誰? 先生、誰ですか?」

 恵理子の問いに、京子は言った。

「山伏です。」

 山伏に会いに―。


 京子は、杏美と恵理子、そして敬も呼び寄せ、登山の装備を整えると、杏美の自宅のドアを開けた。そこには…

「あず!」

 ―あっ!

「あず! あずやんね!?」

「あ…ゆ、ゆっぴ! ひな!」

「あずぅー!!」

「会いたかったよ〜!!」

 3人は、互いに抱きしめ合った。もう会えないかもしれないと思っていた親友達は、それぞれ少し大人になって再開した。

 言葉にならない程の喜びを噛み締め、涙を流した。

 だが、これで満足する訳にはいかない。早く杏美を取り巻く歪んだ現実を、正常に戻さねばならない。


 ―あず、行こう! 山伏に会いに。

読んでいただき、ありがとうございます。

GWに入りました。

この先、天気はどうなっていくのでしょう?

GW中に完結する予定です。もし雨で暇を持て余すようでしたら、是非最後までお楽しみくださいね!

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