10
第10話です。
もう間もなくGWなのですが、天気予報が…ね。
物語の方は、徐々に大人達の動きが慌ただしくなってきています。
前作「赤い鳥、泣いた。」と合わせて読むと、より深く楽しめるかと思います。
ルルルルル――
「はいっ。野鳥研究会京都支所、菊池でございます。」
「お世話になっております。日本自然写真家協会の塚原と申します。」
―塚原? 健太が言うとったな。
「山村健太さん、おいででしょうか?」
「いえ、今は撮影の仕事で出ておりますが…」
「あぁ、左様でございますか。では、伝言お願いしたいのですが。」
そういえば、健太は先日、誰からかの電話を受けて苛立っていた。もしかしたら、いや、間違いなく塚原だろう。
「山村さんねぇ、先日なんですけと、作品を購入したいていう話がございまして。そのクライアントさんの名前とか連絡先お伝え出来ん内に『作品がない』言うてお断りしてしまいまして。せめてその件だけでもお伝えしたい思いましてね。」
「あぁ、左様でございましたか。伝えておきます。ご丁寧に、おおきにありがとうございます。」
―重谷? まさか。
嫌な胸騒ぎがする。しかし、断りを入れたのなら、それまでだろう。いや、それまでであって欲しい。
兎に角、健太が鳥研に帰って来ない事には、何も伝えようがない。メッセージを送ったところで、既読にもならない。
しかし、健太が八丁平に居るのなら、それは無理もないのだろう。保護された山奥の自然空間は、電波など届くエリアではないのだから。
―どうしたら?
恵理子はその時、杏美の家に居た。
杏美の親友・薄井日菜乃の母であり、恵理子の友人である薄井圭子は、元看護師だ。医療の事についてはかなり詳しい。
恵理子は圭子に電話し、杏美の様子を伝え、指示を仰いだ。
薬を飲んで眠ったまま、5日が過ぎても杏美の状態は変わらず、かつ安定している。ただ穏やかに眠っているだけだ。しかし、それ以外に全く異常は見られない。
これにはさすがの圭子も、首を傾げるしかない。最早医療の枠では何も判断出来ない状態だ。
行き詰まった恵理子は、杏美の眠る姿を目の前に、ただボーッと考え事をするしかなかった。
―一体、いつ目覚めてくれるんやろう?
ルルルルル――
「はい。あ、敬。」
「恵理子、重谷って聞いた事ないか?」
―重谷?
「え? 重谷って、あのヤンチャの重谷君?」
「『君』は要らん。聞いた事あるはずやんな? そや、あのクソガキや!」
クソガキ―。
そうだ。確かに聞いたはずだ。
「すみません。杏美さんの同級生の重谷、重谷和樹っていう者です。」
「重谷君? ごめんなさい。杏美は誰とも会える状態じゃ…」
「分かってます。僕が会いたいのは、お父さんお母さんです。」
何の事か分からず、恵理子はそっと、少しだけドアを開けた。門の外には、地面に膝をついて項垂れる様に坊主頭を下げる、重谷和樹の姿があった。
「何してるの!?」
「何や?」
奥から敬も出て来た。和樹は一度敬の顔を見ると、さらに深く頭を下げた。
「誰や、君は?」
「重谷和樹と言います。学校では『番長』なんて呼ばれてイキってたアホです。」
「へっ!? あの重谷く…ん…の?」
重谷和樹。別名『番長』。森山悠斗に、杏美のジャージをずらせと命令した張本人。
もちろん冗談で言ったのだが、森山がそれを真に受けて、ジャージどころか下着までずらしてしまった事を、杏美の自宅まで土下座しに来た。
「あの時、謝罪に来よった時、彼奴の親、居らんかったやろ? まだ中学生やのに、“悪さ”しても親は知らん顔。その親がな…」
どうやら健太に攻撃を仕掛けてきた様だと、敬は言った。
校内でも特に喧嘩っ早い不良だった和樹。
彼が不良になったのも、どうやら家庭環境が影響している様だ。
というのも―。
「彼奴の親が…島田が鳥研辞めさした、重谷っていう奴と同一人物らしい。」
重谷―。
サイコパスとも言えそうな、その気質や行い。きっと、恨みつらみなどないのだろう。ただ人が困り果てる様子が面白くて仕方ないらしい。
重谷は、新しい鳥研京都支所長がどんな男か、試している。島田はそう言う。彼は既に鳥研との縁は切れているが、他に大した人付き合いもないと思われる。
彼の意味不明な欲求を満たすためには、ターゲットは鳥研の誰かという事になるのだろう。
新しい支所長。何と都合のいい事か。
ん? 待てよ、そういえば―。
随分と健太の顔を見ていない。菊池は怪訝そうに、そんな事を呟いた。
八丁平に行ったままだ。それは健太自身から聞いた事だが、連絡も途絶えたまま彼は消えた。
「な、何でそれを早く言わへんのですか!?」
心配そうな顔で、島田はそう言った。
八丁平へのルートは、健太もよく知っている。道に迷う事などないはずだ。それは島田も分かっている。
だが、そこは山だ。山をなめてはいけない。それも分かっているからこそ、島田は自作アプリにGPS機能を組み込んだ。しかし―。
「GPSが機能してへんいう事? すぐ捜索を!」
「待って。待ってくれ。」
反応があった。地図上に、健太のマークが現れた。
「もしもーし! 何やっとるんや!!」
「すみません。ちょっと探鳥に熱入りすぎて…」
「帰って来るんか!? ちゅうか、すぐにでも帰って来い!!」
珍しく菊池が声を荒げた。それもそうだ。危険な山岳地帯での探鳥に、1人出かけているのだ。そのはずなのだ。それなのに、何の連絡もよこさないなんて。
「お前、1人か? 誰か一緒にとか、そういう事はないんやろ?」
「え? いや、言ったじゃないですか。」
―はぁ? 言うたって、いつ何を???
「ああ、もう…と、とりあえず事務所に戻ります。」
「早よせえ! お前宛に連絡入っとったねん。」
「あ、はいっ!」
健太は慌てた。連絡といえば、きっと写真作品の依頼か何かだろう。
一方、菊池と島田はというと―。
「ワシ、健太に何言うたんやろ?」
「さあ? 僕、ちょっとプログラムの確認してきます。健太君と喋っても、訳分からん事になりそうやし。」
「え? ええ? ワシ1人であの妄想に対応すんのかいな。もう…」
ルルルルル――
敬の携帯電話が鳴った。緊張が走った。
「お、あ、恵理子か。」
「杏美が! 杏美が起きたの!!」
「そうかっ! 良かった!!」
しかし、敬が喜んだのも束の間、恵理子が次に発した言葉は意外だった。穏やかに、そしてにこやかな表情で眠っていたはずの杏美だが。
「杏美、どうしたの?」
それは敬に向けた言葉ではない。電話で話そうとする恵理子だったが、杏美を見て思わず叫んでしまった。
「何? 何があった!?」
「あ、な、泣いてるの。杏美が…」
その時、事務所の外で車の音がした。
「すみません!」
「おう、健太か。」
「きょ、今日は何日ですか?」
「5月25日や。お前、5日間も連絡せんと…」
「え? でもGPS、反応してたでしょ?」
「しとるかいっ!!」
「うっそ!? じゃあ俺、どこに行ってたんだろ…」
「知るか、アホ!!」
健太は青ざめていた。事務所で菊池に怒鳴られる前から顔色が悪い。電話で怒鳴られたからか? いや、そうでもなさそうだ。
「健太、どないしたんや?」
「な、なんか怒られてばっかで…」
「あ、すまん。ワシも言い過ぎたか…」
「違うんです。その前にも…」
「誰や?」
―うっ!
健太は答えられなかった。そして苦し紛れにボソッと呟いた。
「鳥…」
「ここは飛鳥の夢の中の世界」
飛鳥は健太にそう言い、その存在するかどうかも分からない世界に誘った気分になっていた。
ここでは、全てが飛鳥のペースで動くはずだった。
だが、健太にはそんなシナリオの存在など、知る由もない。そしてこの“夢の世界”には、徐々に不穏な風が吹き始めていた。
「私はトリケンの何なん? さっきも言うだけと、恋人でも奥さんでもないで。あと、助手とかそんなんもちゃうで。何? 居て当たり前? ほな、飛鳥が居らんかったら、トリケンはどうすんの? 毎日こんな重たい荷物持って、クタクタになるまで森に通い詰めるん? アホやん!!!」
その日、何故か八丁平には雨が降っていた。
そもそも飛鳥とは誰なのか? どんな人なのか? それすらも分からないまま、探鳥の手助けをしてくれている飛鳥の存在が、いつしか当たり前になっていた。
毎日毎日、ニノ谷から八丁平へと足繁く通っていた。
おかしい。スポーツも出来ない健太に、そんな体力があるはずがない。それは、健太に付き添う飛鳥だって同様だ。
なのに、そんな不思議を不思議とも思わず、健太は飛鳥に、過酷とも言える雨の登山を強いてしまっていた。
ここまでしても目的の野鳥に出会えない―。
そんなもどかしさから、八つ当たりの様に飛鳥の小さなミスを罵る。
一方で、ふさぎ込む飛鳥を気にも留めず、本来の目的から外れた野鳥の撮影に成功すると、健太は1人大はしゃぎした。
ついに飛鳥はブチ切れた。健太に対し、きつい反撃の罵声を浴びせた。
顔を真っ赤にして笑い合った時の、あの笑顔。
護りたい希少種に、溢れんばかりの情熱を注ぐ健太だからこそ、分かってほしい。
その優しさを、忘れないでいてほしい―。
読んでいただき、ありがとうございます。
「赤い鳥、泣いた。」と同じ時空間で動くのに、ストーリー自体は全く異なるもの。
この後の展開、ご期待くださいね!




