異臭祭り
今日一番ラッキーなのはいて座の人!ラッキーアイテムは乾燥させた馬糞です!
朝のニュース番組の終わりにある占いコーナーだ。毎日出社前、朝ごはんを食べながら見るのが彼女の日課になっている。
「よくもまあ、こんなくだらない占いを朝から放送するわねぇ」
さっちゃんはテレビを消し、占いで未来が分かるなら人生苦労しないわよと思いながら朝食のハンバーグを食べるのであった。
今日は嫌な上司との飲み会がある。なんて不幸なんだ!ほら、やっぱり占いなんて当たるわけない。だって私いて座だもの。
朝の通勤ラッシュで揉みくちゃにされ、食べ過ぎたハンバーグを吐きそうになるのを我慢しながら、さっちゃんはいつも通り始業ぎりぎりの時間で出社した。
「おはようございます」
「おーう、おはようさん!」
元気な声が返ってくる。
さっちゃんは自分のデスクに向かうと、鞄を置いて椅子に腰掛けようとした。突然ぶーーーーっと大きな音が鳴った。思わずびっくりして椅子から飛びあがったさっちゃんは、数秒後状況を理解した。ブーブークッションが仕掛けられていたのだ。
「おいおい、そんなに驚くことないだろう?」
ニヤニヤしながら隣の席の先輩社員が話しかけてきた。
「なんですかこれ。嫌がらせですか?」
「いやぁ、君って面白いよね~。こんな古典的なトラップにひっかかるんだもん」
先輩社員は楽しそうに笑っている。
「別に怒ってるってわけじゃないですけど、こういうのほんと迷惑だから止めてもらえませんか」
「いや、べつに俺がやったわけじゃないよ。ほら、こいつだよこいつ」
先輩が後ろを指さすと、いつの間にか見慣れない男性がそこに立っていた。
「よう!俺のこと覚えてるか?」
「えっと、あの時の…。ちょっと待ってください、名前思い出しますから」
さっちゃんが必死に頭をひねる中、男性は爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「俺は佐藤。競馬場の清掃員と言えば分かるかな?」
佐藤さん!そうだ、思い出した。あれは私がギャンブルにはまって破産しかけていた頃…
なけなしの金をかき集めて、競馬で一発逆転を狙うも夢はかなわず、無一文になってしまった。
頻繁に競馬場に来る私を見ていた彼は、膝から崩れ落ちた私にワンカップ酒をおごってくれたんだっけ…。泣きながらワンカップ酒を飲む私を彼は優しく見守ってくれていた。
あれからギャンブルは一切やめ、地道に働いて今の生活を手に入れた。
「まさか、また会えるとは思いませんでしたよ」
「ああ、俺もだよ。よくギャンブルから卒業できたな」
「佐藤さんのおかげでまともな生活ができるようになりました」
二人は握手を交わした。
「ところで、どうして私の職場知ってたんですか?」
「ん?あぁ。まあ、こんなこと言っちゃ変に思われるかもしれないけどさ、占い師に言われたんだよ。ここで運命の人に会えるって」
今まで散々占いをバカにしてきたが、この時ばかりはたまには占いもいいかもと思ったのだった。
「おい、お前ら何やってんだ?」
その時、部長が出勤してきた。
「あ、部長!おはようございます」
「おはようございます!」
「おう、おはようさん。って、君誰だ?まあ、それはそれとして、さっちゃん、今夜の飲み会のセッティングよろしくな」
はあ…。面倒くさい。なんでこんな人のために働かなければならないのだろう。
その時、さっちゃんは朝の占いを思い出した。
「あの、佐藤さん。ちょっとお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「お、どうした?」
「あの、馬糞って今日手に入れることってできますか?」
「…馬糞?まあ、できると思うけど。それがどうかしたのか?」
さっちゃんは嬉しそうに顔を輝かせた。
今日のラッキーアイテムは乾燥させた馬糞!
「やっぱり君、変わった人だなあ。まあ、でもおもしろいからいいか!競馬場に行けばもらえるよ」
今日だけは占いに従ってみよう。営業に行くふりをして競馬場に行けばいいだろう。
さっちゃんは馬糞を入れるためのビニール袋をカバンに入れ、佐藤と共に会社を出た。意気揚々と競馬場にやってきた二人は馬券売場のおじさんに声をかけた。もちろん、馬糞をもらうためである。
さっちゃんの話を聞いたおじさんは少し困った顔をしたが、
「ここで一句、俳句を詠んだら馬のいる場所まで案内してあげよう」
と言った。さっちゃんと佐藤は顔を見合わせた。俳句なんて作ったこともない。二人にできることといえば、 競馬新聞を熟読して馬の予想をするくらいである。教養というものを一切持ち合わせていない彼らは適当に頭に浮かんだものを口にするしかなかった。
数分後、二人が完成させたのは、「なんでやねんと 相方がツッコミで頭を殴るたび 脳細胞が減る」であった。おじさんは爆笑していたが、二人にとっては大真面目なのである。
その後、おじさんに案内されて馬場の中へと入って行った。
二人で馬を眺めていると、今日自分たちがここに来ることを知っていたのではないかと思えるほど都合のいいタイミングで馬は糞をした。
二人はそれを見て目を輝かせる。
さっちゃんはビニール袋に入れた馬糞をまるで宝物のように大事そうに鞄にしまい、おじさんにお礼を言った。これで、ラッキーアイテムは回収した。
さっちゃんと佐藤は会社に戻り、この馬糞がどんな幸運をもたらしてくれるのだろうとワクワクしながら仕事をした。
昼休みが終わり、先輩社員が食堂から戻ってきた。先輩社員は、さっちゃんの机の上に馬糞の入ったビニール袋が置かれていることに気がついた。
「お前、それ今朝の占いのやつじゃないのか?」
さっちゃんは恥ずかしそうにうつむいた。
先輩社員はしばらくその様子を見てニヤニヤ笑っていたが、ふとあることに気付いて指摘した。
「いや、占いで言ってたのは”乾燥した”馬糞だろ?これ全然乾いてないよ」
さっちゃんはギクリとした。しまった、うっかりしていた!これはさっき出てきたばかりのしっとり馬糞! さっちゃんの顔がみるみる青ざめていく。佐藤の方を見ると、しまった!という表情をしている。このままじゃ飲み会の時間までに乾かない。
さっちゃんは突然部屋から飛び出し、物置部屋に消えていった。数分後、七輪を抱えた彼女が走って戻ってきた。
「炭!炭はどこ!」
佐藤はハッとして、スーツのポケットから備長炭を取り出した。
「消臭用にいつも常備してるんだ。体臭が臭くてね。」
さっちゃんと佐藤はデスクの上に七輪を置き、急いで馬糞を焼き始めた。
馬糞にしっかりと火が通るように、時々ひっくり返して両面をじっくり焼いた。
煙が上がり、臭いも拡散していく。
馬糞から上がる臭気が、会社の中に広がっていった。
周りの社員は最初は茫然とその光景を眺めていたが、次第に彼らは熱狂していった。馬糞を焼くなんて面白い光景を見るのは初めてだった。彼らはみんな笑顔で、楽しそうに七輪の上の馬糞を眺めていた。
「いいぞー!もっと焼いてしまえ!」
「くさーい!もうこの臭い消臭剤でも消せないんじゃない!?」
「どうせならもっと臭くしちまえ!」
皆がそれぞれ大声で叫び、こぶしを振り上げジャンプし、祭りはエスカレートしていった。火災報知器が作動し、非常ベルが鳴り響いても誰も二人を止めなかった。馬糞は真っ黒に炭化するまで焼かれ続け、独特の臭気が部屋の隅々にまで広がった。
さっちゃんと佐藤は満足げにうなずきあった。
その時、さっちゃんの上司が血相を変えて走り込んできた。
「何やってんだてめぇらあああああ!!!」
さっちゃんと佐藤はビクッとする。
でもすぐに緊張は解け、二人は顔を見合わせて笑った。
二人は幸せそうに笑っていた。他の社員もみんな笑っていた。社員全員が一つの輪になっていた。入社してからこんなにみんなが繋がったことは一度もなかった。ただ一人、上司だけが恐怖で立ちすくんでいた。
後日、あの嫌な上司はこの会社が怖くなり退職した。それを見た社長も逃げ去るように会社を去った。その後、会社は倒産したが、もうさっちゃんにはどうでもいいことだった。
この日をきっかけにさっちゃんと佐藤は付き合いはじめ、後に二人は結婚して幸せな家庭を築いた。
今日もさっちゃんは朝の占いを見る。でも、もう占いなんて必要ない。彼と一緒に暮らせて十分幸せだから、ラッキーアイテムなど必要ないのだ。「こんなくだらない占い、いつまで放送し続けるのかねえ」
そう言ってさっちゃんはテレビを消した。