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学び歩め、足跡を刻め

初授業。といっても最初なんてほとんどガイダンスだ。らしいことをやるのはもう少し後。


まず履修形態について。高等魔法院は選択履修制だ。必修科目はあるが、それ以外は自由にとってもらって構わない。極論、卒業できるだけの実力があれば必修科目のみの履修でいいくらいだ。

卒業の条件は担当教員の試験を受け、合格すること。試験の内容は教師によって変わる。どの教師がどんな試験を出すかを探り、自分のやりやすい試験を出す教師に担当になってもらうことが必要になる。

最初の1年はその下準備にあたる。必修科目と自分の興味のある分野や得意な分野を学び、教師の人となりを把握すること。


そんな内容のガイダンスの時間が終わる。要するに、わからないうちはやりたいものをやれ、ということだ。やっていくうちに要領はわかってくるから。


「さて。ようこそ雛鳥諸君。私が此の授業を担当するイノーニと云う」


ガイダンスからそのまま授業の時間へスライドする。初めての授業は必修科目である歴史だ。

壇上に上がるプラチナブロンドの女教師は静かな目で生徒たちを見渡した。ふむ、と一言唸り、それから、ガイダンスの続きのような話を始めた。


「始めは詰まらない退屈な長話ばかりだろうが、どうか心して聞いて()れ。必要な事だでな」


どの授業も、始めはガイダンスの延長のような前置きしかしないだろう、とイノーニが言う。この授業も同様だ。魔法院で学ぶどころか、子供の頃から言い聞かされるような話から始まる。高等魔法院の名前にふさわしくない、当たり前の常識の話ばかりだ。


「高等魔法院の授業が常識同然の内容の話など、雛鳥諸君には退屈な話で在ろうな」


だが必要な工程なのだ、とイノーニは続ける。

高等魔法院は世界に3校しかない。このヴァイス高等魔法院の他には2つ。それに比べ、魔法院は各地にある。魔法院によって教える内容が違うため、生徒の知識の量や分野もまた異なる。

よって、何を知っていて、何を知らないかを生徒と教師で互いに把握することが必要となる。そのために最初は基礎的な事項の確認をするのである。


「既知の者は知識の再確認と思って聞いて呉れ。未知の者は新たに知って呉れ」


さぁ、前置きはここまでにしよう。では、再確認という言葉が出たところで、今回の授業は再確認に費やそう。

そう言い、イノーニは黒いマニキュアが塗られた指でついとひとりの生徒を指す。


「其処の雛鳥。お前が此の高等魔法院に入学した理由は?」

「え、あ、はい! えっと……その、神々の歴史を知りたくて、です!」

「宜しい」


精進するように。言い、また別の生徒を当てていく。お前が高等魔法院に入学した理由は、と一人ひとりに聞いていく。

ある生徒は魔法の研究をしたくてと答え、またある者は武具の研究をしたいと答えた。世界に生息する神々の眷属の生態を調査したいと答える生徒もいたし、魔女を殺すためと答える生徒もいた。

それらを頷きつつ、また一人、また一人と当てて答えさせていく。今一度、高等魔法院に入学を志した理由を問うていく。


「雛鳥。貴様は?」

「武具の開発を。親にできなかったことをやろうと思います」


当てられ、レコが答える。魔法院の頃からレコの志望は武具の鍛冶職人だ。

真っ直ぐ答えた言葉に、結構、と頷き、イノーニはその隣のカンナを指した。


「では次。其処の雛鳥は?」

「は、はい!」


続けて当てられ、カンナは背筋を伸ばした。


入学の理由。それは憧れの先輩を追いかけるためでもあるが、何よりも。


***


きっかけは、魔法院で学んでいたいつかの日のことだった。


なぁ、とベルダーコーデックスが口を開いた。


「なによ」

「テメェはこの世界をおかしいとは思わねぇか?」


神々が愛し、そして放棄した世界。放棄した神々へ戻ってきてくれと人間が縋り、再信を経て今の時代に至る。

人間はもう二度と神を裏切らない。破棄しない。侮蔑しない。だから、と誓いを立てた人間たちに慈悲を垂らして神々は再び世界を愛するようになった。


原初の時代、不信の時代、再信の時代ときて今の時代は信仰の時代とされている。人が神を敬い、信仰することによって成り立っている時代だと。

それは結構。その流れはベルダーコーデックス自身が知っている。


だが、あまりに人間の信仰が過ぎてはいないだろうか。


「なぁ。テメェはあの犠牲を当然だと思うのか?」


ベルダーコーデックスが指しているのは、魔力の発現により必ず何かしらの被害が出ることだ。目覚めた魔力は抑えきれず溢れ、衝撃波として周囲を破壊する。そこに誰かがいれば人は死ぬ。

魔力持ちの人間が自身の魔力に目覚める時、だいたい故郷が失われる。カンナがそうであるように。


それを"当然"と受け入れるのだろうか。犠牲は妥当であり、仕方ないものだと。

「オレに言わせりゃ、この時代は信仰の時代なんかじゃねぇ。狂信の時代だ」


神のために人間が消費されることを、人間自身が受け入れている時代。悪く言えばそう見えてしまう。

魔力の発現は神に選ばれた光栄なことだから、発現の衝撃に巻き込まれて死ぬことは喜ばしいこと。だから出た犠牲は悲しむことはないのだ。そう説くのは異常ではないか。


「なぁ。おかしいと思わねぇか? お前のせいで出た犠牲を名誉なことだって言われんのはよ」

「それ、は…………」


それはそうだ。もし、あの日ベルダーコーデックスと出会わず、魔力が発現しなかったら。昨日は昨日のまま今日に続いていた。両親や村の皆だって今も生きていた。

自分の魔力の発現のせいで何十人の人々の未来を奪った事実は、"神に選ばれた光栄なこと"の名目の下敷きにされて誤魔化されている。


「おかしいだろ? なぁ。オレもそう思うんだよ」


普段の嘲笑混じりの言葉ではなく、口は悪いが真摯に語りかけてくる。

だからこそ言葉を聞き入れて考えてしまう。"これ"は異常なのではないか、と。犠牲は当然と看過していいのかと。

考え込むカンナへ、ベルダーコーデックスは言葉を重ねる。


――だから世界の真実を探ってみないか?


***


「――世界を知るため、です」

「ほう……神秘学者か。善い事だ」


神秘学者は世界の真実を探る学者だ。それを志すというのか。成程。

うんうんと頷いてさらに隣の生徒を当てる。そうしてすべての生徒に質問を投げかけて答えを聞いていく。


「此れで最後だな。結構。皆善い答えだった。では邁進すると良い」


それぞれの目的に向かい、邁進するといい。学び、進め。


「そうして歩んだ人々の足跡を歴史と云う」


では授業を始めようか。

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