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2日目の晩

タルトはとても美味しかった。レシピを手に寮へと帰り、そして部屋にレコを呼んだ。

昨日はショックすぎてできなかった女子会をやろう。失恋の感情を親友に打ち明けて愚痴って、そうして忘れてしまうために。

時間もちょうどいい。新入生歓迎会が終わって今は昼過ぎ。夕飯時までじっくりゆっくり無念を語り合おうじゃないか。


レコはいつもこういうことを親身に聞いてくれる。他人の愚痴なんてどうでもいいと聞き流さず、まるで自分のことのように聞いてくれて、そして思いをわかってくれる。本当に聞き上手だとカンナは評価している。

魔法院からの友人で、まだ付き合いは5年にも満たない。ベルダーコーデックスよりも短い付き合いだ。だが信頼度は段違い。どんなことでもレコは聞き届けてくれるのだ。カンナの唯一無二の親友である理由だ。


「ベルダー、静かにしといてよ」

「あぁ? テメェの泣き言になんで口挟まなきゃならねぇんだよ」

「こいつ……!」


本当にこいつは可愛くない。性格が悪い。あぁもう、と溜息を吐いてベルダーコーデックスを専用のホルダーにしまう。持ち運びができるようにと作ったベルト付きのカバーだ。彼はベッドのようなものとして捉えているらしく、そこにしまうと大人しくなってくれる。

茶々を入れるなよと言い含めていたら静かなノックの音。レコだ。隣の寮からわざわざ来てくれた彼女を部屋の中に招いた。


「どうぞー」

「おじゃましまーす」


赤毛を揺らし、レコが会釈して部屋の中に立ち入る。お土産、とお菓子の袋を渡した。


まだ荷物の整理中で片付いていないし床にはラグも敷いていない。なので必然的に会場はベッドの上で。

いささか行儀が悪いがベッドに座り、カンナが菓子の袋を開ける。サイドボードの位置を少しずらして簡易的な机にして飲み物のコップを置いた。

これで女子会の準備は完了だ。まずは入学祝いにとジュースで乾杯し、一息に飲み干す。さて。


「カノジョがいるなんて聞いてなーーい!!」


飲み干した後の一息とともに吐き出す。ほんとにねぇ、とレコも同意した。


カンナがいかにハルヴァートを慕っているかは親友として間近で見ていて知っている。この学力ではヴァイス高等魔法院への入学は厳しいと知って、勉強と鍛錬を積んで成績を大きく上げたことも。

それくらい大好きな先輩だったのだ。年齢では3歳差、学年では2つ差のハルヴァートをどこまでも追いかけるほどに。それなのにいざ入学してみれば入学初日で失恋とは不憫なことだ。


「でもさ、いい人だよね。彼女さん」

「そう! そうなんだよぉ……」


いっそ腹が立つくらい嫌な女だったらよかったのに。そうしたらあんな女から先輩を奪わなきゃとかそういう対抗心も湧いたものを。

まださほど話したわけではないが、その短時間でも育ちの良さと器量の良さはよく伝わった。絵に描いたようなお嬢様然としているが、高飛車になることなく謙虚に、そして優しい。

先輩の彼女として認めて身を引く選択を無意識に選んでしまうくらいに。そう、対抗する気なんて即座に折れた。悔しいがお似合いなのだ。カンナがそのポジションを奪って君臨するよりもずっと。


嫉妬も対抗心も起きないくらい完璧に"負けた"。


「うぅー……」


だからといってこの抱え続けた恋心が即座に消えるはずもなく。持て余してしまった感情が胸の中に渦巻く。どうしようもなくてうめき声をあげた。


「好きだったんだよほんとにさぁ……」


魔法院では遠くから見ているだけだった。主席を務めるハルヴァートの背中を追いかけるだけだった。

勉強と鍛錬を積んで、いつかその背中に並ぼうと思っていた。並んだその時に初めてこの想いを打ち明けようと計画していたのだ。それなのに。


ハルヴァートは顔の造形もいいし、性格も優しい。文句のつけようのないかっこいい先輩だ。恋人の一人くらいできていたっておかしくはない。そのくらいは予想していたし、あの性格と性根の悪いベルダーコーデックスにも言われていた。もしそうなった時は対抗心を燃やして打ち勝ってやると決めていた。

だが、あんなにお似合いの恋人ができてしまったなんて。あれじゃ対抗する気概もわかない。


「まぁまぁ、ほら。今日は聞いてやるからさ、全部吐き出して楽になろ?」

「うぅー……レコぉ……!!」


***


散々愚痴を吐き出し、空腹とともに食堂へ。ひとつの寮にひとつ併設されている食堂はビュッフェ形式で食事を選び取り、食べ、食器を返却するシステムなのだそう。上級生に倣いながらメニューを選んだ。味は上々、満足感のある食事だった。


「じゃぁレコ、また明日ね」

「あいよ。またねぇ!」


レコと別れて部屋に戻る。よぉ、と可愛げのない声で帰宅を出迎えるベルダーコーデックスへ事務的に挨拶を返したところで、ふと窓辺に花を見つけた。

窓の外には植木鉢を置くための小さなスペースが張り出している。そこに花が置かれている。八重咲きのピンクの花と、蝶のような花弁の青い花だ。一輪ずつのそれが白い糸で結わえられ、風で飛んでいかないよう小石で重しがされている。


「なにこれ?」

「あぁん? あぁ、それか。テメェがメシ食ってる間にな」


ベルダーコーデックス曰く。カンナが食堂で夕飯を食べている間、花を咥えた鳥が窓辺に訪れたそうだ。器用にくちばしで小石の重しを載せ、それから飛び立った。鳥は差出人をベルダーコーデックスに告げることはなかったし、ベルダーコーデックスも知らない。


「テメェに心当たりはねぇのか?」

「ないよ」


もしかしたら上級生による新入生歓迎の一環かもしれない。高等魔法院でやる催しとは別に、生徒個人のちょっとしたサプライズで。そういうことをする上級生がいたっておかしくはない。


それにしても何の花だろう。花の名前など詳しくない。

明日調べてみることにしよう。そう思い、花をコップに活けた。


――明日から、授業が始まる。

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