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春の裏切り、憧憬の終わり

先輩があんな人だったなんて。部屋にたどり着き、事態を改めて振り返ってショックを受ける。

冷静になれるだけの時間を置いたぶん、そのことを初めて知った時よりも衝撃が大きい。あんな最低野郎だなんて勢いで言ってしまったが、振り返ると色々と思うことはある。ハルヴァートはどこで道を誤ったのだろう。


「はっ、だから言ったろ?」


一切気を使うつもりなく、はん、とベルダーコーデックスがカンナを笑う。間抜けめ。あんないけ好かない男なんて信用できるはずがない。善人の仮面をかぶって、性根はろくでもないに違いない。そう疑っていた通りだったじゃないか。信じようとしたカンナはまったく馬鹿だ。恋は盲目というが、目がくらみすぎだ。

馬鹿め。思いっきり嘲笑を浴びせかけようとしたその瞬間、ごん、とレコがその表紙をひっぱたいた。


「もういいでしょその話は」

「あぁ!? 思いっきり笑えるチャンスだろうが」

「あんまりだとコースターにするよ?」

「あぁあああああやめろ熱いクソこの野郎!!」


友達の傷心に追い打ちをかけるようなやつはこうだ。熱々のマグカップをベルダーコーデックスの表紙に載せる。悪辣な追い打ちをかける本なんてこうしてコースターにしてやる。

熱いやめろと叫ぶベルダーコーデックス改め喋る分厚いコースターが謝罪の言葉を口にしないので、自分用のマグカップだけでなくカンナ用のマグカップも上に置く。ぎゃぁと悲鳴が響いた。


「クソッ、わかったオレが悪かった! もう言わねぇよ!!」

「よろしい」


わかればよろしい。ひょいとマグカップを下ろしてやる。


「……あぁクソ野郎……」

「なに?」

「なんでもねぇよ。……おい、なに笑ってやがる」

「いやぁ……そりゃねぇ?」


目の前で漫才が繰り広げられているのでつい。もしかしてレコは自分よりベルダーコーデックスの扱いが上手いのではないだろうか。持ち主として自信がなくなるくらいだ。

まぁそれも落ち込んだ自分に気を使ってのこと。レコはわざとベルダーコーデックスに漫才めいた辛辣な扱いをしたのだろう。ベルダーコーデックスのそれは素だろうが。

おかげで気も晴れた。まだ残るものはあるが、それも時間を置けばいずれは消えるだろう。もうハルヴァートのことは終わったのだ。


「まぁ……目に見えるものだけが真実じゃねぇってことさ」


あからさまな嘲笑はコースターにされるので説教か嘲笑かわかりにくいぎりぎりを言うことにしたらしい。

取り繕おうとするベルダーコーデックスがなんだか滑稽だ。この憎たらしい人間嫌いにも愛嬌がある面があったようだ。


「腹の底に何かを隠してるモンだよ。どんなヤツでもな」


たまたま今回はそれがとんでもない妄想だっただけで。誰でも何かしらは腹に抱えていて、それを繕って生きている。気に入らないことに。

人間嫌いらしく吐き捨てるように言い、なぁ、とレコに話を振る。私に振らないで、と冷ややかな返事が返ってきた。


「この程度でショック受けてたらこの先もたないぜ」


見た目通りの人物じゃありませんでした。善人だと思っていたのは自分の思い込みでした。それでいちいち落ち込んでいたらどうしようもない。

特に、カンナは神秘学者を目指しているのだ。神秘学者は世界の真実を暴き、解明する学者だ。世界の真実を解き明かすというのに、たった一人の人間の本性ごときで泣いていてどうする。


説教か嘲笑か、やや叱咤寄りのことを口にして、ベルダーコーデックスはちらりと様子を見る。またコースターにされるのはごめんだ。


「……そう、そうだね。ありがと、ベルダー」

「励ましたつもりはねぇよ」


言い方に大いに気をつけただけで、別に激励のつもりはない。感情に正直に言うなら、一人の人間の本性ひとつで落ち込んでる軟弱者には世界の真実を解き明かすのは到底不可能だろうとせせら笑うところだ。コースターにされたくないので気を使っただけだ。


「っていう理由を与えると素直になるよね、ベルダーって」

「あぁ!?」


やっぱテメェ、正直にせせら笑ってやろうか!?

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