あなたなんてお断りです
それが彼の真実でした。
「なんて……」
なんて野郎だ。
自分はこんな男を長年想っていたなんて。
理想が崩れ去り、あとに残ったのは失望だけ。もういい。信じようとした自分が馬鹿だった。長年引きずった恋心に告げよう、お前のそれは滑稽で空虚な不理解だ、と。
こんなものに恋心を抱いていた過去の自分が馬鹿馬鹿しい。
もういい。こんな男、さっさと先生に突き出してやる。
「おい、何見たんだ?」
ベルダーコーデックスがカンナに何を見たのか問う。本は自身に書かれていることを読むことができない。術者に教えてもらわなければ明かした真実に触れられないのだ。
ハルヴァートの本性はどうだった、とカンナに訊ねる。その表情からおおよそは推測できるが。
「あの人がとんでもない最低男ってこと」
「はっ、だろうなぁ!」
知ってた。答え合わせをもらって嘲笑する。憧れが裏切られたカンナにも、ここにきて真実の書なんてもので暴かれた間抜けなハルヴァートにも。前者には術者の義理で控えめに、後者には大いに。
だいたい無理があったのだ。ことを重ねれば重ねるほどどんどん手口が杜撰になっていくのだからいつかは簡単に露呈する。やるならきちんと計画を立てないと。行きあたりばったりの思いつき、手当り次第のヒステリーのような計画ではうまくいくはずがない。真実の書でもって解読するまでもないことだ。
あと残る謎は魔女が誰か、誰のことを魔女と呼んでいるかだ。それも今暴かれた。ざまぁみろ。
「どうするよ?」
ひとの人生を物語に例え、一個の人格を本と例えるなら、もう『ハルヴァート』という本は読み切った。ハルヴァートのすべてはカンナの手の中だ。
ベルダーコーデックスは真実の書であるが、同時に、現実改変能力も有する。完全に解明したものは自由に改変することができる。ハルヴァートもまたそうだ。
つまり今なら、現実改変能力でもってハルヴァートの人格を作り変えることができる。カンナがたった数分前まで信じていたような、善人の性格に『矯正』できるのだ。
嘘がつき通せるなら、『誰か』を魔女に仕立て上げてハルヴァートの罪をすべて押し付けることもできる。一人の人格と人生を持ち、魔女たりえる理由があり行為ができるいち個人をここに文字通り作り出すことができる。そうすればハルヴァートは加害者ではなく被害者だ。
物語のプロットを書き換え、新しいキャラクターを追加してリメイクするようなものだ。それすらもベルダーコーデックスは可能だ。カンナがやろうと思えば。
「……やらないよ。そんなこと」
もう知ってしまった。リメイクしようとも、ハルヴァートの性根は変わらないのだからまたいつか俺は悪くないと唱えながら悪行をなすのだ。気に入らないことがあれば暴力を振るい、殴らせたお前が悪いと責任転嫁をするような男などこちらから願い下げだ。
その性格すら書き換えて改変できるとしても、一度ついた悪印象は消えない。目玉焼きは生卵に戻らないのだ。
だから自分がやるべきは、この恋心に別れを告げついでにあの最低男の引導を渡すことだ。
未練の話をするなら、色々話したいことはあった。きっと何かしらの誤解があるのだろう、話し合えば解決するかもしれないと期待していたふしはあった。だがそれも真実を読み解いて恋心ごと消え失せた。
「カンナちゃん」
ざり、と砂を踏む音が近付いてくる。どうやらハルヴァートが追いついてきたようだ。
待ち合わせ場所よりも校舎に近く、もしかしたら人が通るかもしれないという可能性を考えてか、その声は表向きの優しさで粉飾されている。あるいはカンナの油断を誘うためか。
「やだなぁ、見失うと思った?」
足跡が思いっきり残っている。それをたどれば隠れ場所なんて見当がつく。そこの茂みと木が重なった位置にできている死角に違いない。
そこへ向けて、まるで無邪気な鬼ごっこをしているかのように問いかける。
「じゃぁ、捕まえようか」
カンナがいるだろう茂みの影を挟んで反対側にカマリエラ・オートマトンを回り込ませてある。ついでに左右の横方向にも。挟み撃ちどころか包囲だ。逃げ場はない。鉈を持つ自動人形を相手に切り結んで包囲の輪から脱出できる手段はないだろう。現実改変能力の本では戦えない。
「チェックメイト」
切り刻め。




