新入生歓迎会
失恋の涙の夜が明けて、入学2日目。
「おはよう、レコ」
「おはよ。……目ぇ赤いけど、大丈夫?」
「あはは…………」
まだ傷は痛い。痛む胸を笑顔でごまかしつつ、さて、と今日の予定を振り返る。
今日は新入生歓迎のイベントがあるそうだ。新入生だけに行われるガイダンスではなく、全校生徒を巻き込んでの大規模なレクリエーションだそう。
ヴァイス高等魔法院の伝統らしいその歓迎会の中身は、ベリータルト作り。
1年生がベリーを摘み、2年生と3年生がタルトを作り、全員で食す。そんなイベントだ。
「摘んでくるベリーについて案内しますわね」
全体の進行を担当しているのは3年生だ。新入生に配った1枚の紙をしっかり掲げ、アルヴィナが手順と注意点を案内していく。
新入生が摘んでくるものはカロントベリーと呼ばれる赤い果実。
ラズベリーに似た小さなスグリは甘酸っぱくてジャムに最適だ。もちろん生食でも十分に美味しい。寮の建物群の裏の森に自生しているこれを摘んで集めてくること。
見た目は配った紙に記載されているので、初めてでもわかるはずだ。
「それと、注意点がひとつ。必ず葉つきで摘んでくること」
ノルマはないが、葉がなければ摘んできたとみなさないので注意すること。
新入生は妙な注意書きだと思うだろうが、これはとても大事なことなのだ。理由は摘んできてから教えよう。
「では、籠を配りますわね。受け取った人から順次行きなさいな」
***
自分が摘んだベリーがハルヴァートの口に入るかもしれない。そう思うとやる気が出る。
失恋したがそれはそれ、これはこれ。憧れの先輩にほんの少しでも気持ちを届けるつもりで籠を抱えた。
しかし。
「人、多いなぁ……」
「だねぇ……」
配られた紙にはカロントベリーが採れる場所も丁寧に記載してあった。しかし、記載してあるということは当然そこに人が集まるわけで。地面に這うように自生する小さなベリーを探して新入生が集っている。
この中に入ってカロントベリーを摘む気にはとてもなれない。混み合うあまりベリーを踏み潰してしまいそうだ。
「どうしよっか……」
ノルマは特に無いが、だからといって1個も摘まずに戻るというのも。
どうしようか、とレコに問われ、うぅん、とカンナは唸る。あの中に入るのは気が引ける。さて。
「…………別の場所行かない?」
あるじゃないか、心当たりが。
昨日ハルヴァートと行ったあの場所にも赤い果実はあった。
あそこで採取すれば籠いっぱいのカロントベリーが収穫できるはず。そうしてたくさん採って先輩を驚かせてみよう。道は覚えているから迷わず行けるはず。
「さぁ、そうと決まれば!」
ハルヴァートの笑顔を思い描き、カンナは籠の持ち手を強く握った。
***
「え、ダメ?」
籠いっぱいの果実を渡しに行ったら、まさかの結果がカンナとレコを待っていた。
籠いっぱいのベリーのうち半分ほどしか受け取ってもらえなかったのだ。あとの半分は受け取り拒否でゴミ箱へ。
「え? なんで?」
どうして。言われた通りにしたのに。
ぱちくりと目を瞬かせるカンナとレコへ、受け取り役の上級生が説明する。
「あのね、これは"嘘つきスグリ"。つまり、毒なの」
「はい?」
「だから。毒」
この森に自生する植物の一つに、ベロットベリーと呼ばれる果実がある。カロントベリーによく似たスグリだ。しかしカロントベリーと違って毒があり、症状がひどい場合には死に至る。
カロントベリーと間違えて食べてしまって中毒症状を起こす事故は稀にある。故に、"嘘つき"と呼ばれる。
赤い果実が正直者か嘘つきかを見分けるポイントは葉にある。カロントベリーなら葉に棘がなく、"嘘つき"には棘がある。だから葉つきで収穫するようにと注意をしたわけだ。
そしてカンナたちが採取した実のうち、半分は棘つきの葉。つまりはそういうことだ。
「こんなもの食べさせるわけにはいかないでしょ。それとも、先輩を殺したいのかな?」
「ぇ…………」
投げかけられた言葉に硬直する。
受け取り役が言ったのは上級生全般を指しての"先輩"だが、カンナにとっては先輩と言われればハルヴァートをまず一番に思い浮かべてしまう。
先輩を殺したいだなんて。あの優しい先輩を殺したいだなんてあるわけがない。そんなつもりなんてない。でも現実は。このままチェックせずにタルトに混ぜてしまったら殺しかけていた。
――私が、先輩を、殺していたかもしれない?
「こらこら、伝統とはいえ脅しすぎですわよ」
「ぁ……アルヴィナ、せんぱい……?」
愕然とする2人の前に、式次第のファイルを持ったアルヴィナが現れた。受け取り役の上級生へ溜息を吐き、肩を竦める。しっしっと追い払うように手を払って上級生を追いやり、それからカンナたちへ向き直る。
「気にしなくていいですわよ」
「で、でも」
「それも含めて伝統ですの」
曰く、こうして新入生が間違えて"嘘つき"を収穫してしまい、チェック役の上級生に叱られることも含めて伝統なのだとか。とはいえ、カンナたちへのそれはいささか強く脅しすぎていたが。
よく見れば、他の新入生たちも同じように上級生に叱られている。中には楽しい学校生活の始まりが叱責だったショックから泣いている生徒もいた。
これが伝統なのだ。美味しいタルト作りは表向き。本当の目的は、楽しい新入生歓迎会が下手をすれば殺人現場になっていたかもしれない落差を与えることだ。
「ウチの厳しい洗礼ってことですわね」
もちろんアルヴィナもハルヴァートの新入生の時、同じように叱られた。
こうして強く叱ればトラウマになりかねないくらい心に強く残る。そうやってショックを与えておけば、次は絶対に間違えない。絶対に間違えないなら、ベロットベリーの誤食もしない。
"嘘つき"を正確に見分けるために、絶対に間違えないように心に強く恐怖を植え付けておくのだ。
「森は誰でも立ち入りが可能ですからね。うっかり食べて死にたくはないでしょう?」
せっかく高等魔法院に進学できるような優秀な人材を、"嘘つき"の誤食で失ってなるものか。
そういうリスクを減らすために行っている伝統なのだそうだ。口頭での説明では聞き逃すし、注意書きでは読み飛ばしてしまうだろう。だからこうして直に体験させるというわけだ。
「さ、元気を出しなさい。私たちがタルトを作るから、それを食べたら笑顔になるように。わかりましたわね?」
「は、はい!」