終わらせるために
呼び出しの場所は校舎裏の森の奥。闇の塔と呼ばれる塔の近くだ。"灰色の魔女"が住むという塔は誰も近寄りたがらない。誰も来ない。目撃者がいない。校舎からも離れており、遠くから望遠鏡で覗こうにも森の木々が目隠しになる。何かをするには絶好の場所だ。
「"灰色の魔女"とやらに押し付ける気か」
自分の家の近くに来た生徒を邪魔がって殺害した、とか。そういう言い訳が通るようにこの場所を指定したのだろう。
成程。『魔女がやった』というオチで終わらせようというのか。雑な工作の割に綺麗に締めるじゃないか。ひゅうとベルダーコーデックスが口笛を吹いた。
さて。指定の場所に来たわけだが。
「ハル先輩?」
指定された場所にハルヴァートの姿はない。確かにここのはずだ。鬱蒼とした森の中でも合流できるように木に目印として赤いリボンを結わえておくと手紙には書いてあった。今、カンナの目の前には赤いリボンが結わえられた木がある。
「なんだぁ? まだ準備中か?」
「…………いや」
声が聞こえた。後ろだバカとベルダーコーデックスの鋭い声がし、はっとして身を翻す。カンナがさっきまでいた場所を鉈が裂いた。
空振りした鉈を構え直し、ぎぎ、とカマリエラ・オートマトンが獲物を見る。命令はただひとつ。魔女を殺せ。
やっぱり。予想通りだった。やはりハルヴァートは自分を殺そうとしている。
胸に走る痛みにカンナが顔をしかめた。その瞬間。
「きゃぁっ!!」
死角からの強襲。素手のカマリエラ・オートマトンがカンナに飛びついた。
そうだ。カマリエラ・オートマトンは分裂する。機構を組み直して、何体にも。分裂させた個体を茂みに隠していたのだ。
素手でカンナを押さえつける1体と、鉈を両手に持つ1体。拘束役と殺害役だ。
まんまと羽交い締めにされ、地面に引き倒される。見た目以上に強い力で押さえ込まれて身動きひとつできない。
抵抗を封じられたカンナを見下ろし、ぎぎ、とカマリエラ・オートマトンが歯車を軋ませる。感情を持たない自動人形ではあるが、その軋む音はまるで嘲笑のようだった。ぎぎ、ぎぎ。
「カマリ。待てよ。最後に遺言くらいは聞いてやろうじゃないか」
ざり、とハルヴァートが砂を踏んで茂みの向こうから現れた。勝者の余裕か、口には笑みが浮かんでいた。いつも浮かべている温和な微笑みではない。獲物を前に舌なめずりする獰猛で野蛮な笑いだ。
「どうして、こんな……」
「君がいたら俺の将来に不都合しかないから」
どうしてと聞かれるだろうと思い、用意していた答えをそらんじる。
「これ以上ごめんだ。お前の望みのために過去を書き換えられるのは」
「……過去……?」
どういうことだ。過去を書き換えるとは。
ベルダーコーデックスで読み取った真実の一幕でもハルヴァートはそう言っていた。カンナが過去を改変したのだと。
だがまったく心当たりがない。そんな大それたこと、ハルヴァートにはやっていない。ありえない。確かにベルダーコーデックスを用いればそのようなことはできなくもないが、だからといって。
「ミリアのことさ。あれは君が俺に植え付けた過去だろう?」
ミリア。記憶を漁る。ハルヴァートが子供の頃、事故で死んでしまった女の子の名前だったはずだ。『一度目』の恋人の離別だ。
ハルヴァートが言うには、それはカンナが捏造して植え付けた過去だという。どういうことだ。
「俺に罪悪感を植え付けて縛り付けて、自分の想いを叶えるためにやったんだろう? 傷心につけこんで優しくすれば俺が惚れると思って。罪悪感を持つような過去を作ったんだろう。は、残念だ。そんな考え、お見通しだ。その計画ももう終わりだ。ここでお前を殺して終わりにする。ミリアなんて偽りの記憶を捨てる。俺は悪くない。あぁそうだ、俺は悪くない。あれは俺のせいなんかじゃない……!!」
何を言っているのだろう。内容が支離滅裂だ。そんなの妄想だ。
意味がわからない。筋が全然通っていないじゃないか。理知的なハルヴァートらしくない。これが彼の本性か。
「そんな妄想でアルヴィナ先輩を殺したんですか」
「違う。俺のせいじゃない。あんなことをさせるのが悪い。アルが俺に口答えしなければよかったんだ。お前が俺を追い詰めなければよかったんだ。あんなことをしたのは俺のせいじゃない」
「最低……!!」
なんて最低な男だろう。愛情が反転して怒りに変わる。
「はん。なんとでも。その状態で何ができる?」
睨まれたって怖くない。カンナを見下ろし、はん、とハルヴァートが笑う。
この一撃でもって、過去から追いすがる妄執を切り落とす。やれ、とカマリエラ・オートマトンに鉈を振り下ろすよう指示した。
その瞬間。
鳥が舞った。




