落下鳥
春から先輩と同じ高等魔法院に通います。手紙にそう記されていたのだという。
「魔女が来た」
「どういうこと?」
魔女とは。ぱちくりと目を瞬かせるアルヴィナへ、ふるりとハルヴァートが首を振る。
魔女が来た。いや、正確にはこれから来る。
あれは魔女なのだ。思い通りにするために過去を改変し、それでいて平然と善良ぶる危険な女なのだ。
魔女を少しでも遠ざけようと魔女から距離を取ろうとしたのに、それでも追ってきた。まんまと魔女の思い通りになるか、それとも魔女を完全に排除するかでなければもう終わらないだろう。前者の結末はごめんだ。だから排除しないといけない。
「そんなの……大げさじゃない?」
ただ慕ってきているだけなのでは。同じ故郷の人間ならなおさら。
魔力の発現の余波に巻き込まれたせいで家族や故郷を失った生徒は多くいる。誰もが天涯孤独だ。そこに唯一の同郷の人間がいればそれを頼りたくなるのも当然。捨てられた子供が親を求めてさまよい歩くようなもの。
ただそれだけではないのか。魔女だなんて大げさな。否定するアルヴィナへ、ねぇ、とハルヴァートが仄暗い声で問う。
「アル。俺言ったよね?」
俺の意見は絶対に正しいって。
「また『話し合い』しよっか」
***
もう限界だ。ただ心は摩耗していくだけ。いつか目を覚ましてくれるかもしれないという幻想に締め切りが来た。リグラヴェーダはすべてを露呈させるだろう。つまびらかになった真実を前に繕えるものなど何もない。あれは最低の男だと断定される。
そうなる前に少しでも更生の余地を。温情の余裕を。今ここで凶行を止めれば取り返しがつくものもあるかもしれない。だからどうか。
その願いは『話し合い』によって砕かれた。今までと同じように。少しでも反抗したら容赦なく。
ここまではいつも通り。だが、ここからがいつも通りではなかった。
「カマリエラ?」
表向きは恋人に寄り添う自分の代理として。裏は監視として。アルヴィナの部屋に遣わされているカマリエラ・オートマトンの様子がおかしい。いつもはじっと見つめ、不審な挙動がないかを監視しているだけなのに。ぱきぱきと何やら内部で音がしている。
まるで部品を組み替えているよう。そう思っていたら、ごとん、とカマリエラ・オートマトンの首が落ちた。落ちた首もまた部品を組み替えるような音を立てている。
これはこのまま放っておいていいものなのだろうか。カマリエラ・オートマトンに何か異常が起きているならそれは監視する、される立場をいったん横に置いてでもハルヴァートに知らせなければ。
手頃なメッセージカードにカマリエラ・オートマトンの異常音のことを書き記し、窓を開けて空に飛ぶ小鳥を探す。武具で操ってメッセンジャーとするつもりだ。
「いたわ、あれね」
窓から見えた木々の枝に小鳥を見つけた。武具を発動し、操作魔法をかけようとする。
そのアルヴィナの背後で、カマリエラ・オートマトンから響いていた音が止まった。急に静かになったカマリエラ・オートマトンを振り返ったアルヴィナはそこに信じられないものを見た。
カマリエラ・オートマトンが4体いる。体格は元よりも小さく、子供のような背丈になっているが、どうしてだか4体に増えている。まるでそれは機械を分解して部品を4等分にして組み替えたかのように。
「カマリエラ、あなた……」
もしかしてさっきの音は異常なのではなく正常だったのだろうか。
そういえばハルヴァートが言っていた。カマリエラ・オートマトンには誰にも言っていない能力があると。それがまさかこれか。部品を組み替えることで何体にも分裂する。だとしたら。
隠された分裂能力を見せてくれた。その意図は何か。答えは4体のカマリエラ・オートマトンが持つものだ。
大ぶりの鉈が両手にひとつずつ。4体で合計8。それが静かにアルヴィナを見ていた。
「どうして……!?」
答えを聞いても無駄だろうがつい問い詰めてしまう。どうして武器を向けるのか。まるでそれは殺そうとしているかのよう。
それほどまでに昨日の反抗が気に入らなかったか。本当に殺害しないまでも重傷を負わせて『反省』させようというのか。
そういう判断をするほどにもう取り返しがつかないのか。悲しみと失望で感情を満たし、身を翻して窓から外へ。カマリエラ・オートマトンがその後を追う。
「っ誰か……!!」
誰か。誰を。後輩たちはだめだ。では誰に。誰でもいい。
しかし助けを求めようにも、その進路をカマリエラ・オートマトンが絶妙に塞いでくる。曲がろうとすれば先行し、4体で連携しながら追い詰めてくる。
アルヴィナには作られた逃げ道をたどることしかできない。直進。階段を登る。左に曲がる。直進してさらに階段を登って、登って、工事中の看板の横の窓をカマリエラ・オートマトンの鉈が割る。そこに飛び込むような形で追い詰められ、追い立てられる。
屋上庭園を突っ切るように走らされ、そのまま柵の方へ。
そして。




