君の話も花と添え
ドウシタノ、と問うその甲高い声に聞き覚えがある。声のした方を見ると、そこには予想通りの人物がいた。
きらきらとまばゆく輝く光をまとった小さな精霊。間違いない。カンナを精霊郷に誘拐した精霊本人だ。
精霊はちょこんとテーブルの縁に座り、にこりとカンナに微笑みかけた。
「コンニチハ! 花葬ガ見エタケド、ソンナコトヨリ遊ビマショ……ナンテ言エナイ雰囲気カシラ?」
「まだ諦めてねぇのかよ」
ベルダーコーデックスが刺々しく言い放つ。この精霊はまだカンナを精霊郷に連れ去ることを諦めていないのだろうか。だとしたら、とレコがリグラヴェーダを呼ぼうと腰を浮かす。カンナもまた身を固くして身構える。
「…………アラ?」
なんだか刺々しい。敵意さえ感じる。きょとんと目を瞬かせ、あぁ、と自らの行いに思い至った。
「ヤダ、モウアンナコトシナイワヨ」
大いに誤解されている気がする。精霊が慌てて弁明する。
そもそも精霊郷に人間を招くことは大変な労力がかかる。神より生まれ、この世界においては神に次ぐ権能を持つ精霊でさえそう気安くできるものではない。なにせ異界を超えるのだ。
人間によほど強く請われるか、精霊自身が強く望むか。そうでもないとまずやらない。ちょっと旅行に、なんて気軽な気持ちではできない。
「じゃぁなんで攫ったんだよ」
別にカンナはそれを強く望んでいたわけでもないだろう。精霊祭に便乗して立ち並ぶ屋台で何を食べるかを呑気に考えてはいたが。
どうしてだと問うベルダーコーデックスへ、精霊は怯まず返す。
「頼マレタノヨ、アノ子ヲ連レテイッテ、ッテ」
精霊を呼び寄せるための祭壇をわざわざ用意してまで呼び止められたので、応えて訪ねてみたらそんな頼みごとをされたのだ。あの子を精霊郷に連れて行って永遠に遊び相手になってやってくれ、と。
それを了承して、頼まれたとおりにカンナを精霊鏡に攫ったのだ。
「アノ子ハソレヲ望ンデイルカラ……ダカラドウカオ願イシマスッテネ!」
人間の世界にはいたくない。精霊郷ならば、と願っているそうだから、と聞かされたからそのとおりにした。その割にカンナがやたら帰りのことを心配していたので変だと思ったのだ。そうしたら案の定、守護者が来た。これではまったく話が違うじゃないかと素直に引き下がったのがあの顛末だ。
「頼まれた……って……?」
「ナンテ名前ダッタカシラ……アァ、ソウダワ、ハルヴァートッテイッタカシラ!」
やっぱり。予想していた名前が精霊から出た。
ならこの事件もハルヴァートが仕組んだことなのだ。精霊にやらせれば自分は手を汚さずカンナを始末できる。
事がなされた後の筋書きはきっとこうだろう。後ろ暗い感情を抱いていたカンナが希死念慮をハルヴァートに打ち明け、哀れんだハルヴァート経由で精霊に話が伝わり、同情した精霊が精霊郷へ招いた。自殺幇助めいてはいるが、その形になったのならハルヴァートは責めにくい。魔力が発現すれば周囲はその余波で吹き飛ぶし、余波に巻き込まれて家族が死んだという心の傷は誰しも持っている。心の傷から希死念慮を引きずることは魔法院の生徒なら誰にでもあることだし、第三者がそれに引っ張られて同調してしまうのも仕方のないこと。メンタルケアの過程で必ず起きることだ。
ハルヴァートはそういう打算で仕組んだに違いない。なんてやつだ。冗談じゃない。
精霊が話が違うと引き下がらなかったら今頃どうなっていたか。守護者たるリグラヴェーダの助力があっても帰還は難しかったはずだ。帰還が遅れれば遅れるほどカンナはカンナでいなくなっていただろう。
「デモ、遊ンデモラウノハ諦メテナイカラネ!」
話が違っていたので精霊郷に招くことは諦めた。だが、それはそれ、これはこれ。
カンナを遊び相手にするのは諦めていない。絶対に遊んでもらう。遊ぶと言っても精霊の尺度ではなく人間の尺度で。精霊の尺度だと人間を芋虫に変えて踏み潰す『遊び』になりかねない。
「ダケド……ソウ言ッテラレナイ雰囲気ヨネ?」
傍若無人な精霊とて空気を読む時は読む。無邪気に遊ぼうと誘っても乗ってくれなさそうだ。
何が引っかかっているのかは知らないが、これは日を改めたほうがいいだろう。
もう、と頬を膨らませ、精霊はくるりと宙に飛び上がる。そのまま、ぱちん、と音を立てて消えた。
「……なんだったんだ……」
「まぁでも、重要なことは教えてもらったし」
あれもハルヴァートの仕業でした、と糾弾する材料が一つ増えた。しかも精霊の証言だ。
遊びたがっているというのは人間の尺度での無邪気な意味だと言っていたし、とりあえずあの精霊についてはもう危険はないといっていいだろう。と言っても油断は禁物。いつ遊びが人間の尺度ではなく精霊の尺度になるか。
それよりも。もう一つベルダーコーデックスを用いて確かめなければならないことがある。
今は魔力が尽きてしまって使えないが、魔力が回復次第読まなければならない真実がひとつ。
――アルヴィナの飛び降りは、本当に自殺だったのか?




