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この手紙が届く頃には

葬儀は無事執り行われた。献花台には文字通り無数の花が積み上げられた。


「今日も一緒に居るね」


レコは昨日に引き続きカンナのそばにいると言った。本来は別の寮の生徒が宿泊することは褒められた行為ではないのだが、事情を鑑みた寮長が許可を出した。

レコの気づかいにありがとう、と返し、それからカンナは小さく息を吐いた。


あまり長く付き合ってはいないが、いい先輩だった。初対面から半年もない交流だったがそれでもアルヴィナの人となりの良さは伝わってきた。優しく賢く頼りになった彼女は上級生としても女性としても憧れと注目を集めていた。誰にも慕われ、好かれ、いっそ嫉妬する感情さえわかないくらい気持ちのいい女性だった。


「ねぇベルダー」

「あぁ? 言っとくが無理だぞ」


カンナの心情を察し、ベルダーコーデックスが先んじて答える。カンナが今考えていることは不可能だ。


ベルダーコーデックスには真実を見抜き現実を改変する能力がある。それを用いてアルヴィナの死亡という事実を改変し、なかったことにする。

カンナが考えているのはそういうことだろうがそれは無理だ。死者蘇生が無理なのではない。それについては可能である。嘘はつき通せば真実を隠せるように、生存という嘘をつき通すことで死という真実を消すことはできる。

だが、この状況で嘘はつけない。アルヴィナが飛び降りる瞬間は多数の生徒が見ているし、医務室で医師をしているジェリスが死を確認した。生徒が死んだという話は全校集会で広く広まったし、葬儀もした。それでどうして『実は生きていました』という嘘を作り出すことができようか。


「あの人って死んだはずじゃ、って一言言われれば終わるぞ、それは」


誰かが一言そう呟くだけで嘘は暴かれる。生存という嘘は消え、アルヴィナはその場で真実通りの姿を晒す。隣にできるのはぐちゃぐちゃの死体だ。

カンナのその愚かな考えはアルヴィナを2度殺すことになる。諦めるしかない。一生あらゆる工作を用いて嘘をついてごまかし続ける覚悟と気概と計画があるなら話は別だが。


「……わかってる」


確認のために聞いただけ。浮かんでしまった愚かな考えをはっきり否定して断ち切ってほしかっただけ。きっぱり突き放すことが救いになる時もある。ベルダーコーデックスにその役目を期待し、ベルダーコーデックスは期待に応えて役目を果たしてくれた。ありがとう、吹っ切れた。

そう言ってカンナはうつむく。ふん、とベルダーコーデックスが鼻を鳴らした。


「言い方ってもんがあるでしょ流石に」

「あぁ? 望まれたことを返しただけだろうが」


とどめを刺せと望まれたのでとどめを刺しただけだ。非難の視線を向けるレコにしれっと返す。馬鹿な考えに手を付けないように完膚なきまでに否定してくれと期待されたのでそれに応えたまで。


「あのねぇ…………ん?」


こんこん。窓を硬いものが叩く音がした。まるでノックのようなそれにレコが振り返る。

何の音だろうか。悲しみで重い手足を引きずるように立ち上がったカンナが窓辺に近寄る。カーテンをめくるとそこには鳩ほどの大きさの鳥が小さなポシェットをくわえて立っていた。

窓の外に張り出したスペースにちょこんとおさまった黒瑠璃色の鳥は闇夜に溶け込む黒色のポシェットをその場に置いて飛び去った。まるで役目は終わったというように遠く遠く空の向こうへ。


「……アルヴィナ先輩?」


まるでアルヴィナが武具を用いて鳥を操ってメッセージを寄越したようじゃないか。だがおかしい。アルヴィナは死んだはず。覆しようもないくらい完全に。それなのに武具を用いてどうこうするなんてできるはずがない。

適合する魔力でなければ起動できないという武具の特性上、他人がアルヴィナの武具を使うこともできない。たまたま適合していれば使うことができるだろうが、別の人間とたまたま一致する確率なんてそれこそ世界中の人間を一人ずつチェックして見つかるかどうかだ。そんな奇跡のような確率なのに、ここに偶然一致する人間がいたなんてことはありえない。

アルヴィナじゃない。他人でもない。じゃぁどうして。誰が。どうやって。


「もしかしてアレかも」

「あれ?」


どれだ。レコの推測に突っ込みを入れる。武具作りの技術を学ぶ彫金の授業で聞いたことあるんだけど、とレコが言うに曰く。事前に使用していれば術者の死後でも効果が残るタイプのものがあるそうだ。他者に影響を及ぼすものは特にそういう特性を備えている。

だからそれを使って、アルヴィナは事前に鳥に命令していたのかもしれない。術者が死んだ時にはこのポシェットをこの窓に運ぶように、と。


成程。それなら説明がつく。ということはアルヴィナはいずれ近いうちに自死すると決めていたのか。ならこのポシェットの中身はきっと遺書だろう。死んだら遺書がカンナに届くように鳥を操って仕込んでいたのだ。


「…………開けるね」


ポシェットを持って部屋の中に戻り、そっとテーブルの上にその中身をあける。

小さな鞄の中身はふたつだけ。丁寧に折りたたまれて封筒に入った手紙と、独特の青白い花びらのハルツバリの花だ。

過去の偉人に由来するこの花の花言葉は『決死の決断』。絶対に譲れない執念じみた覚悟を示す花だ。それだけの覚悟がこの手紙に込められている。


「よ、読み上げるよ……!!」


ハルツバリの花を添えるなんて相当だ。ごくりと緊張感をもって封筒を開き、手紙を広げる。綺麗に整った字が時間に追われるように乱れて並べられていた。

書き出しの一文はこうだ。


――この手紙が届く頃には私はもう居ないでしょう。


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