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落ちた鳥は

「もしコーサル先生を見かけたら授業に是非ゲストとして来てくれってお願いしてね! 宿題だよ!」


とんでもない宿題を出すものだ。終業のチャイムの寸前に言われた言葉を反芻して、思わず苦笑いしてしまう。

確かにきちんと文化を継承している生粋のシャフ族の話は聞いてみたいが。

そんなことを考えるカンナの耳に、ふと、聞き慣れた声で聞き慣れない言葉が聞こえてきた。


「ヴィテ。ゼスマギラノク、ボヴェ……オ・オク・アグラ」


声につられて廊下を曲がる。ハルヴァートか誰かと話をしている姿が見えた。

会話の相手は女性だった。すらりとした長身痩躯は砂に灼けた褐色の肌だ。くせのある金髪をまとめている彼女は見知らぬ言語でハルヴァートに問う。


ウェリ(なぜ)?」

ユスク(それは)……あ、カンナちゃん」


教師らしき女性の質問に答えようとして、そこでカンナがいることに気がついたハルヴァートが振り返った。つられて女性もまたカンナに気付く。照りつける太陽が落とす影のような漆黒の目がカンナを見た。


「えぇと……ハル先輩、お話の途中でした?」

「いや。大丈夫だよ。ですよね、コーサル先生?」

イハ(もちろん)……あ、ごめん、砂語が混じった」


そこで一言区切り、それからコーサルは改めてカンナに向き直る。


「アンタはアタシの授業とってないよね、見たことない顔だ。じゃぁはじめまして。知っていると思うけどアタシの名前はコーサル。アンタは?」

「カンナです。よろしくお願いします、コーサル先生」


成程。彼女がコーサルか。ならあの聞き慣れない言語は砂語だったわけだ。

ハルヴァートが砂語の復習を兼ねてコーサルと砂語で話していたところにたまたま通りがかったのだろう。状況を理解しつつ、よろしくお願いしますとコーサルに一礼する。コーサルもまた軽い会釈で答えた。


「カンナ? ……じゃぁハルヴァート、彼女が例の手紙をくれた後輩?」


はい、とハルヴァートが頷く。

手紙というのは何の話だとカンナが首を傾げた。何か手紙を送っただろうか。

不思議そうなカンナへ、ほら、とハルヴァートが教える。


「ほら、カンナちゃんが入学前に送ってくれたあれだよ。あの手紙」

「………………あ!」


言われて思い出した。高等魔法院に入学する前、無事ヴァイス高等魔法院への進学試験に合格しましたと手紙をハルヴァートに送ったのだ。

そうだ。はっきりと思い出した。あの合格した喜びで浮かれに浮かれきった文面を。投函した直後に冷静になって、どうしてあんな浮かれきった手紙を送りつけてしまったのだろうと枕に顔を埋めて悶えたことまでしっかりと。


「同郷の後輩からそんな手紙が来たとハルヴァートから聞いていて……」

「俺にとっては大ニュースですからね」


真っ先にアルヴィナにも伝えたくらいだ。ハルヴァートにとってはそれくらいの重大な出来事だった。


「そ、そんなに……」


あの浮かれきった文面の手紙がそんなに広まっているなんて。恥ずかしくなって頭を抱えそうになった。

あぅ、と羞恥のあまり唸るカンナをハルヴァートが笑い、コーサルが微笑ましく見守る。


そんな穏やかなひとときは突如として響いた悲鳴に引き裂かれた。


いったい何が。悲鳴が聞こえた方へとコーサルが駆け出し、遅れてハルヴァートとカンナが続く。

悲鳴は外からだ。エントランスを出て前庭へ。早くも小さな人だかりができていた。


「あ、ああああああれ!!」


動揺のあまりどもる女生徒が頭上を指す。校庭の半分を取り囲むように建っている校舎の屋上だ。広めのバルコニーは屋上庭園として解放されているが、庭木の植え替えのために閉鎖されている。

その屋上庭園の柵を乗り越えた縁ぎりぎりに立つ人影がある。逆光で顔は見えないが、あの背格好は間違いない。


「アルヴィナ先輩……!?」


間違いない。アルヴィナだ。鳥使いを象徴するように烏の羽のケープをしているのは彼女くらいだ。

アルヴィナが後ろ手で柵を掴んだ状態で屋上庭園の縁に建っている。その表情は逆光で見えない。

まさか、と嫌な予感がカンナの背筋を伝った。だってあれは、まるで今から飛び降りるみたいじゃないか。

度胸試しのバンジージャンプではない。安全用のロープらしいものは見えない。確実に彼女は今から自死を選ぼうとしている。


「アル……!!」


ハルヴァートがその名前を呼ぼうとした。その瞬間。


「きゃあああああああああああああああああああああっ!!」


柵から手が離れた。

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