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補講:古き砂

悲しいかな、あんなことがあっても翌日には何事もなく授業があるのだ。


今日は少し歴史に絡んだ地理の勉強をしよう。そう言ったクロッケスが黒板に張り出したのは世界の南西にあるクレイラ島の地図だ。等高線が細やかに書かれ、オレンジの濃淡で高低が表現されている。


「クレイラ島は考古学的にものすごい魅力が詰まった島でね~。それはもう奇怪なほど合理的で独特だったのさ!」


基礎教育のおさらいから始めよう。世界の南西に座すこの島は岩と砂に覆われた砂漠の島だ。その過酷な環境で生きる人々はやがて環境に適応するために独自の発展を遂げていった。

砂に灼かれ雷を信奉する彼らはシャフ族と呼ばれ、砂漠に適応した文化を拓いた。代表的なものが砂語と呼ばれる固有の言語だ。風に舞う砂が口に入らないようにとの工夫の果てに、方言や訛りというよりは別のものに成り果てた。

今はもう話者もおらず断絶した古語だ。高等魔法院でも語学の一環で取り扱っている。


「このクレイラ島は"大崩壊"の中心地より一番遠かったんだよ~」


"大崩壊"の中心は世界の東の果てだったという。東の果てにあるという神域から広がった災厄は世界の全土を覆い尽くし、世界の南西端であるクレイラ島にも及んだ。

世界は球体ではなく平面なので、つまりほぼ対角線上にまで災害は行き渡ってしまったのだ。


「それだけ距離があってもなお、島は大きく削られたんだよ、すごくない?」


それを示すのがこの等高線の形状だ。等高線は島の北東が最も低く、南西にいくにつれ高くなる。まるでひな壇のようだ。

古い歴史資料や古文書でのクレイラ島は中央がへこんだすり鉢状の地形になっていた。島の外周を切り立った岩山が取り囲んでおり、港を拓くためには岩山を貫いて入り江を作らねばならなかったという。

それだけの厚い岩盤があってもなお"大崩壊"の衝撃は防げなかった。世界に拡散した災害は岩盤を打ち壊した。

それだけならまだありとあらゆるものを吹き飛ばすだけの強烈な突風で済んだ。しかしそうはならず、本来ならば外部から身を守るための岩山が今度は仇となった。北東部の岩山を打ち壊して吹き込んだ衝撃波は島を貫通できなかったのだ。大きく湾曲した岩山の中で逃げ場を失った衝撃波は島中を入り乱れ、まるでミキサーのように荒れ狂ったという。

そうして何もかもが絶え、雷神に遣わされた眷属さえも死んでしまったクレイラ島は文字通り更地の状態で不信の時代に突入してしまった。


「シャフ族もほぼ全滅さ。今じゃ歴史書の中だけの存在! ま、それでこそロマンがあるってもんだけど……」


それでも生き残りはいたし、その血統は今も連綿と受け継がれている。だがもう混血が進み、シャフ族特有の身体的特徴は失われてしまった。時々先祖返りのようにその特徴が顕れることもあるが。

原初の時代にそうあったように、特有の褐色の肌を持ち独特の言語を話す人々はもういない。雷神さえも死んだ眷属の次の代を遣わそうとしなかった。次代がいないことを指して、雷神はまだ人間を許していないと再信虚偽説を唱える者もいる。


「……と、いうのが基礎教育で習うとこだよね!」


前置きがとても長くなってしまった。ここまでが基礎教育で習う範疇の話だ。

しかしここは高等魔法院。基礎教育でおさまる話をする場所ではない。砂語の話者はいない、シャフ族も絶えてしまったという一般認識を大きく覆すものがある。


それが語学を担当するコーサルだ。彼女はなんとほぼ純血のシャフ族なのだ。原初の時代には王族の家系だったという彼女の先祖は"大崩壊"を生き残り、連綿と血と文化を継いでいった。まさに生きる文化財だ。


「そう~、それでねぇ、今回の授業に呼びたかったんだけどねぇ」


彼女の口からその独自の文化や歴史について語ってもらおうと招こうとしたのだが、ひとを歴史資料扱いするなと突っぱねられてしまった。げんこつ付きで。


「悲しいなぁ~、でも諦めないからね!」


絶対にいつか授業に呼んでやる。そして貴重な話を披露してもらって生徒の知見に役立てるのだ。決して自分が古き砂の文化を知りたいわけではなく。いや興味もなくはない。だが生徒のためである理由が大半だ。具体的に言えば8対2くらい。厳密に言えば7対3ほど。訂正しよう。半々だ。いや4対6か。3対7かもしれない。コーサルの拳を前に聞かれたら1対9と答えよう。


「ちょっとぉ!? 今誰かだめだこりゃって言ったよねぇ!?」


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