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幕間小話 いつかきっと終わる悪夢が終わる話

好きだと告白したら、彼はにこりと微笑んで了承してくれた。


そこからは浮かれた幸せの日々。だと思っていた。

きっかけは何だったか。ちょっとした意見の対立だったように思う。


「意見が対立するならお互い納得するまで話し合おうか」


温和に微笑んだ彼はそう言って右手をひらめかせた。衝撃。痛み。何が起きたのか一瞬わからなかった。

殴られたのだと理解したのは2打目がきてから。腹に。背中に。胸に。顔は狙わず。冷静に拳を打ち下ろしてきた。

5度ほど殴った後に彼はこう言った。


「納得したかな?」


***


彼を怒らせたのが悪いのだ。怒らなければ彼はいい人。殴らなければ彼はいい人。

怒らせなければいい。従えばいい。そうすれば『話し合い』は起きないから。


ある日、彼は言った。後輩から手紙が届いたと。


「俺を追いかけてきたんだって」


そう言うその口ぶりには、慕って追いかけてきたというよりは執念で追跡してきたというネガティブなニュアンスが大いに含まれていた。

その理由を問えば、彼はこう言った。あれは忌々しい過去の残滓なのだと。トラウマの面影であり、その後輩を見るたびに過去の傷が鮮やかに思い起こされると。だから遠ざけたくて仕方ないのだと。


「排除しないと」


彼がそう呟いた。悪い過去を思い出すたびに、その傷について『話し合い』をしたくてたまらなくなるからと。

遠ざけて、それで終わり。二度と関わりがなければいい。だからあの子を遠ざけるために物々しい雰囲気たっぷりで花を送った。嘘つきスグリの件を引き合いにして脅せば引くかもしれないから。


それと同時に警告の意味もあった。あの子が無邪気に信じている彼は、それほどの男ではないのだと。その憧れは幻想なのだ。だって、全然優しくない。楽しくもない。度重なる『話し合い』で疲弊した私の心はもう逃げることも抵抗することも諦めて、ただ『話し合い』が起きないようじっとしているしかできなくなっていた。不健全な関係を惰性で、無気力に続けているだけ。

そんな男を好くあの子に早く真実に気付いてほしかった。


気付かずに物騒な警告に怯んで離れるか。気付いて距離を取るか。どちらでも通じるように花を送った。

勝手なことをするなと怒った彼には前者の意味を言い訳にしてどうにか軽度の『話し合い』で済んだけれど、私の気持ちとしては後者のつもりだった。気付いて、そしてどうか。私を助けて。


焦れた気持ちで時間を数日。ある日、彼が言った。


「あいつは誰だ?」


おかしい、と彼は言った。存在しないはずの人間があの子の横にいる、と。

魔法院の頃にはあんな友人なんていなかった。おかしい。孤立していたはずだ。なのにどうして。

混乱のあまり早口でまくし立てた彼は、口の回り以上に早計な結論を出した。


「あいつは現実を改変したんだ」


何を突拍子もないことを。最初は驚いた。狂ったのかと思ったくらいだ。

彼の言い分をひとつひとつ聞いて噛み砕いて、曰く。あの子には現実改変能力を持つ武具を持っているのだそう。それによって存在しないはずの友人を作り上げた。孤立した孤独感から作ったのだ。


「それと同じように、きっと他のことも改変したんだ。例えば俺の記憶とか」


いまだ記憶にこびりついて暗い影を落とす心の傷は実際に現実にあったことではなく、あの子が現実を作り変えて『ある』と認識させているまやかしだ。

現実が改変できるんだ。記憶の改変くらいわけがない。それでもってありもしない記憶を植え付けたんだ。


彼はそう主張して、支離滅裂な理論を組み立てた。結論から先に作るような、矛盾だらけの仮説を。


あいつが俺の気を引くため、現実改変能力で記憶を歪めて辛い記憶を植え付けたのだ、と。

心の傷があればそこにつけいることができる。そこから俺があいつを好きになるように仕向けて、そうすれば『恋人を支える健気で優しい女』ができあがる。そうやって自分を良いもののように見せようとしているんだ。あいつの性根はとんでもない悪人だ。まるで魔女じゃないか。


そう言って彼は魔女の虚像に怯え始めた。怯え、排除しようと敵意を向けた。

何度も何度も排除しようとして、失敗し、そのたびに魔女を口汚く罵った。


馬鹿なことを。冷静に、筋道立てて考えればそんなことおかしいって気付くでしょうに。


彼は道を誤り続けた。私は恋人としてそれを支えて矯正しようとした。『話し合い』にも耐えて。

きっといつか彼は自分の誤りに気付いてくれる。歳を重ねて人間として円熟するにつれて『話し合い』だっていつかはやめるだろう。


いつか。きっと。いつか。きっと。いつか。いつか。きっと。

いつか。きっと。いつか。きっと。いつか。いつか。きっと。

いつか。きっと。いつか。きっと。いつか。いつか。きっと。

いつか。きっと。いつか。きっと。いつか。いつか。きっと。

いつか。きっと。いつか。きっと。いつか。いつか。きっと。


「……あぁ、アル。君もあの女に作られた偽物か」


――『いつか』も『きっと』も、来ましたか?

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