幕間小話 もう詰んでいる
もうやめよう、と彼女は言った。
「どうして?」
『話し合い』の末に君も同意したじゃないか。どうして急に意見を変えるのだろう。
もうやめようだなんて、どうして彼女はそんなことを言うのだろう。
「あの子が魔女だなんて……最初に聞いた話と違うわ」
うん。それについては『話し合い』が済んだはずだ。その結果、俺が正しいと彼女も認めたはず。
あの魔女は俺を脅かすためにここにいる。とても恐ろしい能力でもって『正常』をなくし『異常』を増幅させている。
「あの魔女には現実を作り変える能力があるって、君も知っているだろう?」
魔法院でいなかった、否、いるはずのない存在が隣にいるのがその証拠。あの魔女は自身の都合のいいように作り変えたのだ。
そうだ。そうに違いない。だから俺の記憶も作り変えられたもの。記憶にこびりつくあのことも本当は存在しないはずで。だから俺は悪くなくて。無罪で。
「そんなの妄想よ」
支離滅裂なこと、穴だらけの結論だと彼女が罵る。
恋人だから最大限寄り添おうとしたが、付き合いきれない。支えきれない。味方ではいられない。やっぱり間違っているのは俺の方だ、と。
「間違いを正すのも恋人のつとめ。……もうやめましょう?」
どうしてそんなことを言うのだろう。君はどうして俺の言うとおりに動かない?
何度も『話し合い』をしたじゃないか。俺の言うとおりにしろ。君の意見なんか聞かない。黙って言うことに従えと。君もそれで了解したはず。どうして今になって反抗するんだ。
最初からそうだった。君は勝手にあの女に花を送った。ささやかな宣言だと言ったから俺も最小限のペナルティで済ませたのに。
「そうやって殴って……もう限界よ」
どうして?
確かに暴力はいけなかった。女性に手をあげるべきではない。そこは俺の非だ。でもそれ以上に君には非がある。足し引きすれば殴られても仕方ないはず。
殴ったのは悪かったが殴られるようなことをした自分がそれ以上に悪かった、と君は『話し合い』の末にそう言った。泣きながら許しを乞うて。
だから俺もそれで怒りを収めて仲直りしたのに。
それを翻し、あまつさえ俺を制止する。
どうしてだろう。俺にはまったくわからない。理解できない。俺は僕の味方ではないのか?
「もう詰んでいるのよ」
リグラヴェーダ先生に事が露見した。もう詰んでいる。彼女は真実を司る氷の神の信徒であり、頭もよく回る。きっとすぐに真相に気付くはずだ。
犯人は処刑もありえるだろう。今のうちに自首すれば罪も軽くなるかもしれない。だから。
そう言い募る彼女の言い分は前半だけよくわかった。だからこそ魔女狩りを早々に終わらせようという話のはず。なのにどうしてすべてを駄目にするようなことを言うのだろう。ここからが正念場。危ない橋を渡りきれば俺の勝ち。そのはずなのに。
「メッセージカードの件は嘘でしょう? あなたがメッセージカードを送るはずないもの」
送ったのは俺じゃない。あの場では嘘を吐いて差出人として名乗り出たが、誰かがあの娘にメッセージカードを送ったのだ。だから事態を知っていながら姿を隠している第三者がいる。
その『誰か』が真相にたどり着くだろう。
だからもう詰んでいる。だからもうやめよう、と。
――あぁ。君の主張は理解した。
「わかってくれたのね。だったら……」
あぁ。わかった。道理で話が通じないと思った。
『話し合い』で解決できないほど決裂してしまう理由を理解した。成程。それなら話がすべてつながる。
君もあの魔女に作り変えられた偽物だ。
いつから入れ替わったのだろう。わからない。俺の言うことを無視して花で警告などという小賢しいことをした時からかもしれない。あの時にもっと『話し合い』をしていれば看破できたかもしれない。カマリを使って監視させていたけど、それでは足りなかったようだ。もっと早く気付いていれば。
まったく、俺の甘さに目眩がする。次に恋人ができた時、そんなことにならないよう、たくさん『話し合い』をしておかないと。
「ハル……」
偽物はもう要らない。
さよなら。愛していたよ。




