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境をたどり、君を捕まえる

遊ぼう、と精霊が無邪気に誘ってくる。絶対安全だと保証するから、神に誓うからと。

それに安心して言うとおりになってはならない、とカンナは直感した。だって、『いつ』満足するかとは言っていない。1日かもしれないし3日かもしれないし1週間かもしれないし1ヶ月かもしれないし1年かもしれないし10年かもしれないし100年かもしれない。

精霊郷は人間の世とは時間の流れが違うという。精霊郷では1日の出来事だったのに外に出てみれば何日も過ぎていたということもある。約束通り解放してくれたが人間の世では100年経っていたなんて冗談じゃない。


逆に精霊郷で何日も過ごしていたのに外ではたった数秒しか経っていないこともあるのだそう。それならいいかというとそうでもない。

精霊郷に長くとどまると自身が何者かを忘れてしまう問題がある。そうしていずれ肉体が朽ち、精神や魂といったものだけになる。やがてそれすら擦り切れて、想いだけの存在になり果てる。そうなってしまった人間のことを精霊たちはダレカと呼んでいる。『誰か』だった何か、と。

人間の世では数日の神隠し。だけど精霊郷では100年経っていたのでダレカに成り果てていました、だなんてのももってのほかだ。


満足したら解放すると言ったが、『いつ』解放されるのかは保証していない。精霊郷の時間でも、人間の世の時間でも。

だからどんな風に言われようとも、安全を保証されようとも帰宅を約束されようとも、それが神に誓われようとも頷いてはいけない。


頷いてはいけない。が、どうやってこの状況を打開しようか。


***


一方。


「ジョーダンじゃねぇぞ」


ばたばたと表紙をはためかせて抗議を示しながら、ベルダーコーデックスは唸っていた。

精霊にカンナが攫われた。自分は置き去り。どうにかしようにも自分はただの喋る本だ。手足が生えてもいないし、歩いて誰かに助けを求めることもできない。

たまたま通りがかった人間に声をかけて事情を説明するくらいの能はあるが、あいにく喧騒から離れたせいで人通りがない。誰もいない。

ぽつんとした広場に自分だけが表紙をばたつかせている。


「どうすっかなぁ……」


大声をあげて誰かを呼ぶ、という手もなくもないが。かれこれ1時間は経っている。さて、どうしたものか。

うぅんと唸った矢先、ざり、と砂を踏む音がした。


「これね?」

「おぉ?」


誰か来た。本に目などないが、慣用的表現で視線を向ける。人間であれば振り返るという動作にあたる行為でもって意識をそちらに傾けた。

世界の終焉のような漆黒の裾をたどっていけば、氷のようなアイスブルーと目が合った。リグラヴェーダだ。その横にはレコもいる。


「この子ね?」

「そうです。カンナの……」

「おうおう、助けが来たか。嬉しいねぇ」


この状況に途方に暮れていたところだ。人間嫌いではあるがこの救助は快く受け入れよう。

ばたばたと表紙をはためかせて喜びを示すベルダーコーデックスをレコが拾い上げる。ぱんぱんと軽く土をはたいて落とす。


「しかしまぁ、お互い大変だなぁ」

「……ほんとにね」


肩を竦め、苦労をしのびあう。カンナには困ったものだ。精霊祭に便乗して活発になるだろう精霊に気を付けろとリンデロートから注意を受けただろうに。油断するあまり、不意にかけられた声に反射的に返事をしてしまうなんて。返事をしなければこんなことにはならなかった。


「あの子の不始末は後で叱りなさいな。今は引きずり出すことでしょう?」


ぱん、とリグラヴェーダが手を叩く。拍手の音と一緒に魔力が拡散した。

今、広げた魔力は魔法の行使のためではなく探知のためだ。周囲に拡散した魔力は同心円状に広がったはず。もし流れに滞りがあれば、そこが精霊の痕跡だ。人間を精霊郷に引きずり込むための転移魔法の残滓がそこにある。

その残滓を捕まえて辿っていけば精霊郷に着く。順路に張られているロープを辿って道を進むように。物理的ではなく概念的に。


「見つけた」


拡散した魔力の滞りを見つけた。目を閉じて集中し、その痕跡を慎重に辿る。ヒトの世からあっという間に次元を超えていってしまった魔力を手繰り寄せて『それ』を見つける。


世界とは、時間も空間も混ざって揺蕩う海に浮かぶ小島だ。自分たちがいる小島の横にはまた違う時代の違う小島が存在している。精霊郷もその小島のひとつ。

今リグラヴェーダがしているのは、その海から精霊郷という小島を見つけ、橋を渡すことだ。他の小島に迷わないよう海路を拓く。その橋を渡り、攫われたカンナを連れ戻す。


まったく面倒な役目だ。守護者とは面倒臭い。余計な仕事を増やした精霊には後で説教をしてやらないと。人間にあまり迷惑をかけるんじゃない。


助力を求めてきたレコの言うことから推理するに、カンナを連れ去ったのは樹神に仕える精霊だろう。

樹の属性が持つ性質は束縛。地中で絡む根のように、きっとカンナも遊び相手として精霊郷に束縛するつもりなのだろう。

そんな束縛強い樹の力には凍てつく氷を。独占欲でいえば、何もかもを氷に閉ざして我がものとする氷の力が上だ。独り占めという分野において誰が上かを見せてやる。


「その子は高等魔法院(私たち)の生徒よ。返しなさい」


小島は見つけた。海路は拓かれた。あとは橋を渡るだけ。

さあ、迎えに行こうか。


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