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あれ、もしかしてこの恋終わりました?

ヴァイス高等魔法院の建物は大きく分けて2つ。

学び舎となる校舎と生徒が寝泊まりする寮だ。輪を縦半分で分割したかのような弓状の建物が2つ、向かい合うように建っている。

そのうちの東側の建物が寮だ。寮はさらに8つの建物に分割されていて、男女と魔法の素質で分けられる。カンナが所属するのは橙色の紫陽花を象徴に掲げる女子寮だ。


「あら? ハル、どうかしましたの?」


4つの女子寮が並び立つ少し拓けた場所。ベンチに腰掛けていた女生徒がハルヴァートにそう声をかけた。

波打った黒髪を金縁の赤いリボンで結った彼女はハルヴァートに親しげに呼びかける。ここは男子禁制だという警告も含みつつ。


「やぁアル。ちょうどよかった。彼女を任せても?」

「どちら様ですの?」


それはこちらの台詞なのだが。彼女とハルヴァートはどういう関係なのだろう。ハルヴァートをハルと愛称で呼べるような親しい仲。まさか。

ひやりとするカンナに構わず、同郷の後輩だよと説明するハルヴァートがくるりと彼女からカンナを振り返った。


「紹介するよ。彼女はアルヴィナ。俺の自慢の恋人さ」

「……………………」


悲報。入学1日目でこの恋、終わりました。


がらがらと足元が崩れていくような気分になる。嘘でしょどうして、いや先輩かっこいいですもん、彼女のひとりくらいいたって不思議じゃない、と愕然とするカンナを前にハルヴァートとアルヴィナは言葉を交わしていく。

どうやら後のことはアルヴィナに委ねるようだ。じゃぁ後は任せたよと言い、ハルヴァートが軽く手を振ってその場を立ち去った。

あとに残されたのは愕然とするカンナと、押し付けましたわねと憮然とするアルヴィナだった。


「はぁ……もう…………仕方がありませんわね」


任された以上は引き受けるべきだろう。別に新入生が疎ましいわけでもなし。

はぁと溜息を吐いて気分を切り替え、それからアルヴィナがカンナへ向き直る。


「そういうわけで、あとは引き受けますわね。よいかしら?」

「……あ……あ、はい! ありがとうございます!」


ショックでぼんやりとしていたが慌てて思惟を引き戻す。失恋に嘆いている場合ではない。

よろしくお願いしますと頭を下げ、それから改めて自己紹介をする。アルヴィナからも再び自己紹介があり、初対面の挨拶を済ませた。


「さ、行きましょう。橙の紫陽花ですわね?」

「はい」

「寮内の説明は聞いているかしら?」

「……聞いてないです、すみません」

「ハルったら……。まぁいいですわ」


では簡単に。8つの寮は男女と魔法の素質で分けられる。8をまず男女で2つに分け、4つを魔法の素質ごとに分ける。武器を召喚するものか、動物や幻想生物を使役するものか、炎や氷といった元素を呼び起こすものか、それともそれ以外の特殊物か。カンナのそれは4番目になる。


寮の部屋は1人用で、ベッドとクローゼット、机くらいしか置いていない。ここから家具を増やすのは個人の自由。

風呂や食事は共同で、それぞれ大浴場と食堂が置かれている。風呂はどうしようもないが、部屋に食事を持ち込んで食べてもいい。


「部屋割はロビーに張り出しているはずですわ。そちらを見ていただける?」

「わかりました。教えていただいてありがとうございます」

「いいえ。説明しないあの人が悪いんですわ」


案内役を引き受けるといって一人連れ出したと聞いたが、まったく。説明が不十分じゃないか。

ハルヴァートへ2度目の溜息を吐く。あまり溜息を吐くと自分が疎まれていると新入生が怯えてしまうとはわかっていても、どうしても溜息が吐きたい。彼はいつもそうだ。


「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「ハル先輩とお付き合いしてるってのは……」

「えぇ、本当ですわよ」


それなりに男女の仲だ。あっさりと肯定した。


あぁやっぱり。悪質な冗談ではなく、本当にそうなのだ。がっくりと項垂れる様子のカンナに何かを察し、あらごめんなさい、と一言付け足した。それは悪いことをした。


「いえ……こっちが勝手に抱えていただけですから……」

「こんなに慕う子がいるんでしたらあの時断りましたのに。ごめんなさいね」


タイミングが悪かったと思って、まぁ受け入れてもらおう。それにこの先どうなるかもわからない。もしかしたら破綻して、その後釜にカンナが座るかもしれない。

慰めたいが何を言っても嫌味にしかならないのでぐっと耐え、アルヴィナは慌ただしく話題を変えようとした。


「あなたこそ、ハルと同郷というのは?」

「はい……ほんとです」

「まぁ。それはいいことじゃない」


たいてい魔力の発現によって肉親や友人知人は死ぬものだ。日常のふとした瞬間に発現して制御できるものではないからだ。旅行先でたまたま魔力が発現したハルヴァートも隣にいた父親が死んだ。アルヴィナも同じ目に遭った。この高等魔法院の生徒の誰もが同じだろう。教師陣だって。

顔を知る者は死に絶えて天涯孤独となることがほとんど。だから、こうして知り合いが生きていることは僥倖なのだ。


「だから追いかけてきたのね」


唯一知る顔に伸ばした手が憧れになって、恋心になったのだろう。カンナの感情の流れを想像してうんうんと頷く。そんな純粋な思いがあると知っていれば恋人の座なんてあの時受け取らなかっただろうと思うくらいいい話じゃないか。それを口にすると嫌味にしかならないのが残念だ。


「あの、えっと……ここでのハル先輩ってどんな感じですか?」

「あの人?」


しばしの沈黙。それからアルヴィナが口を開いた。


「……森の名物みたいな男ですわね」

「森の名物?」


森。さっきハルヴァートに連れられたあの森だろうか。正門を正面として、校舎と寮の裏には鬱蒼とした森が広がっている。その森の名物。

もしかして、あのベリーだろうか。食べる時にハルヴァートがそんなことを言っていた気がする。


あのベリーはとても甘くて、入学式の緊張だとか疲労だとかが一気に吹っ飛んだ。

成程。そのベリーのような人物だと。あのベリーのように甘く癒やしてくれる優しさを持っている、ということを言いたいのだろう。


なんだか惚気を聞いてしまったようだ。失恋の傷に塩を塗った気がする。

もうだめだ。今日は泣こう。レコを呼んで嘆きに付き合わせる気にもなれない。


アルヴィナと一緒に掲示板を見て部屋割を確認し、部屋まで歩いていく。

同じく寮制だった魔法院からここに入学する際に送った荷物はもう部屋に届いているはずだ。もし届いていなければ寮長に言うようにと言い添えたアルヴィナと別れて、あてがわれた部屋に入る。

ぱたんと扉を締めてその場に崩れ落ちそうになった時。


「――よぉ」


今一番聞きたくない声がした。

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