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幕間小話 神々と精霊の話

精霊祭も近いので、今日は精霊について話をしよう。

少し早口でリンデロートはそう切り出し、今日の神秘学の授業が始まった。


「精霊とは、神の使い。神々の意を受けて動くもの」


学校で習う基礎の範囲から始めよう。

精霊とは、神に仕える召使いだ。神々に作られ、神々が作った世界を正しく運営する役目を負う。神々の眷属は世界を形作る部品だが、精霊は世界という機構を動かす動力だ。


「ナルド・リヴァイアなどの神の眷属は、現象としてそこに在るものに神秘を見出したものである。……神秘学における分類法はそうなんだ」


たとえばナルド・リヴァイアを例にしよう。ナルド海に棲む海竜は、荒波という現象を前に神の驚異を見出したことから始まる。古代の人は荒波を見て神秘を想像し、荒ぶる竜という具体的な形を創造した。これにより、荒れ狂う波は竜の怒りであると考えたのだ。そうして海竜信仰が始まった。


「それが体系化されて整理されたことで、民間信仰は宗教へ、ということだ」


神秘学が学問として体系化されるにあたり、土着の海竜信仰は水神と関連付けられた。それによって荒ぶる海竜は水神の眷属として解釈されるようになった。その解釈と認知でもって人間が海竜を信仰したことにより、海竜自身にもその意識が反映されるようになった。

平たく言えば、人間が自分を水神の眷属と呼んでいるので自分は水神の眷属なのかもしれない、いや、そう言われているからそうなのだ、と人間の認知に影響されたのだ。


このようにして人間の信仰を集めて神の眷属は生まれた。原初の時代よりはるか昔、この世界が生まれる創世の時代の話だ。


だが、精霊の成り立ちは逆だ。自然現象の擬人化ではない。神が自身の意を受けて働く召使いを求めて作り出した存在だ。

眷属は人間の信仰が集まったものという成り立ちゆえに、ものによっては神の意に背くこともある。水神が不信心者に怒り、罰を与えるために海竜に津波を起こすよう指示したとしても、海竜は自身を信仰してくれる人間のためにその命令を聞かない。海竜にとって、自らを形成する信仰を捧げる人間を殺すことは自らの体を削ぐことだ。だから自身の弱体化を防ぐために神の命令に背く。

しかしこれでは不信心者に罰を与えられない。なので精霊が水を操り、波を操作して津波や洪水を起こして不信心者を水に沈める。


このようにして神のために動くのが精霊だ。不信心者に罰を与え、敬虔な者には加護を与える。神のお告げを人に伝える伝令の役目も精霊が負う。

祈りが神に通じて奇跡が起きたと形容するしかない逆転劇の裏では、そうなるように精霊が物事を仕組んだからと言われている。いわば奇跡の仕掛け人だ。

それだけではない。魔力を持つ者は必ず自身に適合する武具と巡り合う。この運命論の法則もまた、精霊によるものだ。正しき者に正しき物が渡るよう因果を整える。いわば運命の調律者でもあるのだ。


「"大崩壊"が精霊の台頭のきっかけなんだ」


神秘学において、"大崩壊"はただ世界を荒廃させた大災害のことではない。神秘学における"大崩壊"とは神々と人間の絆が絶たれた断絶の瞬間なのだ。

"大崩壊"により、神々と人間の絆は絶たれ、神の恩寵である魔法も失われた。武具は棄却され、信仰は放棄された。人間の信仰によって存在を確立させている神の眷属たちもまた、信仰の放棄によって力が失われた。中には完全に死に絶えた(信者が消えた)ものもいる。


そのため、神々が人間へ直接手を下すために精霊は生み出された。それ以前はただの魔法元素の擬人化で、たまたま魔力が濃く揺蕩う場所に見えた影を精霊だと呼んでいた。


「黒い点が3つ集まっていれば顔に見えるよね? そんな風に、たまたま見えた何かをそう呼んでいたんだ」


壁の黒い点は亡霊の顔で、だからここには亡霊が居るに違いない。そんな怪談と同じものだった。

そこに神々が魂を吹き込み個として成立させた。壁の黒い点から実際に亡霊を作り出したのだ。

それが精霊だ。だから神の眷属とは成り立ちも性質も大いに異なる。


「神のための手足、神の台本をなぞる舞台の装置。それが精霊なんだよ」


だから気をつけるといい。精霊がそこにいるということは、すなわち、神々が仕組んだ台本がそこに在るということだ。台本に沿うように運命を仕組み、奇跡を仕込んでいる。すべては必然となり、意味が存在する。


「だから精霊を見たら絶対に注意するように」


その台本の邪魔をしたらどうなるか。それはもう、精霊祭なのに祝わない不信心者に下されるあれこれと同じことが起きるだろう。

よほどでないと姿を見ないだろうが、しかし精霊祭が近い。精霊祭を祝う人間に混じって精霊が居るかもしれない。


「見たら、あぁこれは人間じゃないなってわかるから……すぐ離れて」


失礼にならない程度に距離をとって、うまく離れるように。

精霊の機嫌を損ねると呪われると恐れて曖昧にしていると、その優柔不断な態度が逆に精霊を怒らせてしまう。断る時はすっぱりと断るように。それで揉めるようなら、いったん逃げて助けを求めるように。


「薬学のリグラヴェーダを頼るといい。彼女は守護者だから力になってくれるよ」


守護者というのは、精霊と人間の仲立ちをする者のことを言う。人と人ならざるものの間の境に立ち、その境を守護することからそう呼ばれる。

彼女を頼れば、遊ぼうとごねる精霊を宥めてくれるだろう。


「だから決してついていかないように。ましてや精霊郷に招かれたりしないようにね」


精霊郷。おとぎ話としてよく謳われているあれだ。この世界のどこかに存在するという、精霊だけの領域。探検家が世界のどこを探しても見けることができない秘密の花畑。人ならざるものだけが出入りできる境目の都。

そこに招かれれば帰ってこれない。神隠しの原理は精霊が人間を精霊郷に招いたことだといわれている。精霊郷に招かれれば最後、人間の世には戻って来られないだろう。守護者の仲立ちを得てもなお難しい。


「気をつけてね。精霊祭が近いせいで精霊たちも活発だ。人間のふりをして声をかけてくることもあるだろう」


そこでうっかり一緒に遊ぼうと言われ、誘いに乗ったりなんかしたら。

それはもう帰ってくることができない片道の遊び場に連れ去られてしまうだろう。


「そうなれば、もう……」


ヒトの世界から別れを告げるしかなくなる。

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