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火神信仰を捨てた子

「え、捨ててるって……?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


確かにカンナの言う通り、狂信的な父親によって字を名付けられたし幼い頃はそれで呼ばれたしそれを名乗ることを強制されたが。

それはもう捨てたのだ。感覚的には捨てたというより脇に置いた。字を名乗り字で呼ばれた幼い時代を切り捨てたわけではなく、そうであったと認めて受け入れた上で用いないことを決めた。字を名乗ることはないし、呼ばれることもない。だから堂々と真名で生活する。


「神から隠れたところでどうすんのって話だし」


自分は神というものをそれほど信じていない。父親が狂信的な火神信仰者で、その立ち振舞いに子供ながら嫌気が差してしまったというのもあるが。

神という見えないものに怯えてどうする。キロ族が武具を開発したのは原初の時代よりも昔の話。何千年も前のことだ。その時代に武具開発の罪があろうが今の時代には関係ないこと。先祖の罪は先祖のものであり子孫が負うべきものではない。よって字でもって大罪人の子孫ではない別人だとなりすます必要はない。堂々としていればいい。

そもそも武具は原初の時代から神に認められた寿ぐべきものじゃないか。発端がキロ族とはいえ、それは後に神々に認可された。神の領分のものを人間の手に引きずり下ろした大罪など初めからありはしない。先祖らは自身の所業を恐れるばかりにありもしない罪を生み出したにすぎない。自分は罪深いことをしたのだと思い込み、その罪の意識から逃れようと字の風習を生み出した。後ろめたいことなどないのに被害妄想を拗らせたのだ。


と、いうのがレコの認識だ。なので字は元々必要のないものだし、必要がないから名乗らない。


「だから私は"レコ・アミークス"だよ。"アカネ"じゃない」


それはそれ、これはこれだ。父親の信仰は否定しないが、だからといってそれには倣わない。


「自立してるぅ……」


きっぱりと言い切るレコに思わず感嘆の声が漏れる。自分は自分だと言い切れてしまうなんて。何もかもがわからなくて、まるで霧の中を恐る恐る進むかのような生き様の自分とは違う。その割り切った態度に憧れる。

すごいなぁ、と素直に称賛を口にするカンナに、まぁね、と鼻にかけるでもなく返すさまもかっこいい。


「おい待て、それなのにどうして神学バリバリの高等魔法院になんか進学したんだよ」


ベルダーコーデックスが思わず口を挟む。

女子会に興味はないと眠っていたのだが、ふと起きたらそんな話が聞こえたのでつい口を挟んでしまった。


信仰も神も重要視しない、自分は自分だと切り離して考える生き方はまぁいい。だがここは高等魔法院。祝福を与えてくれた神に報いるため研鑽を積む場所だ。敬虔でもない人間が進学するにはあまりにも信条がかけ離れてはいないか。


指摘するベルダーコーデックスにレコは返す。


「だからこそ、だよ」


神も、そしてひいては"灰色の魔女"もだが。レコにとってそれは大したものではない。恐れるべきものではないのだ。

つまりは不信心ってことか、と早合点するベルダーコーデックスに否と答えて続ける。


「軽んじてるわけじゃないよ」


神は絶対の存在だと世界の誰もがそう言うが、そう言うほどのものだろうか。人間が神々を過剰に恐れているだけなのでは。本来咎められることはないはずなのに罪があると思い込んだ先祖のように。

皆が言うほど神々は絶対ではないだろう。絶対の存在であれば、世界を壊した大罪人である"灰色の魔女"はもう存在しないはず。それなのに大罪人が生き延びていて、その始末を人間に押し付けたということは神々は完璧でも絶対でもない。


それを証明するために高等魔法院への進学を決めた。分野は武具を作る彫金学だ。

たかが人間である自分が作った武具が"灰色の魔女"を殺せれば、魔女も神々もたかが人間以下だ。皆が言うように絶対ではなくなる。


「神様ってのを怖がりすぎなのよ、人間はさ」


こんな信条、信仰を軽んじる不敬な人間と言われそうだが。

だが過剰に恐れるほうが不敬なのではないだろうか。正しく付き合っていくためには正しい距離感でいないと。人間関係と同じだ。


そう証明するために高等魔法院へ進学したのだ。

それはまるで神秘を人間の手に引きずり下ろした先祖と同じだ。魔法なんて誰でも使えると言った先祖のように、神なんか怖くないと指差している。


「……っと、まぁそんなわけで」


話がだいぶ逸れた。今はハルヴァートを付け狙う魔女の話だ。

自分としてはそんなやつさっさと引きずり出せと思うのだが、難しいのだろうか。


「私の方でも調べていいかな? ないって先輩は言ったみたいだけど、過去にフラれた女の逆恨みとかないわけじゃないし」


その手の拗らせた女はなりふり構わなくなるものだ。ストーカーと化したりもする。

ハルヴァートについて悪い噂を聞かないので過去の恋人にも誠実な付き合いをしているだろうが、過去の女たちが誠実な別れを受け入れたかどうかはわからないのだし。


まだ自分は『ハルヴァートの周囲の人間』と認定されてはいない。もうすでに認定されてしまって実際に命まで危うくなったカンナよりはずっと動きやすいだろう。


「いい?」

「いいけど……あ、でもハル先輩には迷惑かけないでよね?」


直情径行のあるレコのことだ。目星をつけた人間に手当り次第突撃するかもしれない。


「しないしない。じゃ、そゆことで」


名残惜しいがそろそろ消灯時間だ。レコの所属する寮はカンナのそれと違う。寮に戻らなければ。


「また明日ね」

「うん、おやすみ」





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