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火神から隠れるための名の話

「またとんでもないものに巻き込まれたねぇ……」


昨日聞いた話は誰かに狙われているかもという相談だったが、いやはやまさかその件がこんな大事に発展しているとは。

ハルヴァートを狙う謎の魔女の存在。その調査と追跡のため、カンナには囮になれだなんて。


「私としては友達が危ないことに巻き込まれるのは看過できないんだけど?」


調査はハルヴァートがやるからカンナは囮の役をやれ、なんて。そんなこと受け入れられるわけがない。

魔女を突き止めること自体には賛成するし協力する気ではあるが、その方針だけは受け入れがたい。


「普通逆じゃない? 危ないことを後輩の女の子にやらせる?」

「ま、まぁまぁ……」


息巻くレコの勢いに気圧されながら、なんとか宥めようとする。

確かにレコの言うとおりだ。危険な役をやれだなんて言われても躊躇する。だがきっと逆では成立しないのだ。魔女がハルヴァート本人よりもその周囲の人間をターゲットとして優先する以上、どれだけハルヴァートが囮として立ち回ろうともそれを無視していく。だからあえてそれに乗ったのだ。


「カンナが危ない目に遭うたびにぶん殴っていいかな」

「それはだめ!」


お前のせいで友人が危ない目に遭ったと憤慨する気持ちはわからなくもないが。

だが殴るだなんて。さすがキロ族だ。火神を信奉するキロ族らしく過激で喧嘩っ早い。火が象徴する性情をよく体現している。父親が狂信的なキロ族だからその影響だろうか。


キロ族といえば。


「そういえばレコ。話は変わるけど」

「ほいほい。何さ?」

「レコの(あざな)ってないの?」


***


キロ族には字という文化がある。

文化学の授業でブリュエットがそう言った。


火神を信仰するキロ族には字という風習がある。

キロ族の文化では、名前に特殊な力が宿ると信じられている。どんなものでも名前をつければ存在を定義でき、状態を確定させることができる。

その価値観が顕著なのが自身の名前だ。名前によって自我を定義する。


「そのくらい名前ってのは自分自身とイコールなのさっ。名前を変えたら別人扱いってくらいにね~」


どこからどう見ても同一人物でも、名乗る名前が違えば別の人物として扱う。

そういう価値観があり、そしてそこから発生したのが字という文化だ。


「詳しいことは歴史の授業でやってもらうとして~、ほら、武具を開発したのはキロ族でしょ~?」


原初の時代よりはるか昔。魔法というものは一部の素質ある人間のみが使えるものだった。神に選ばれた人間にのみ魔術式が伝えられ、魔術式を読み解ける優秀な人間だけが魔法を扱えていた。

それを誰でも使えるようにと魔術式を魔銀に刻み、汎用的な魔法起動装置としたのがキロ族だ。いわば武具の開発は神の所業を人の手に引きずり下ろした悪辣な所業なのだ。


そんなもの神の怒りに触れてしまう。だから『同一人物であっても名が違えば別の人物として扱う』ことを利用して偽りの名を騙ることにしたのが字の始まりだ。武具を開発したのは自分ではない、別の誰かだと。

平たく言えば偽名を名乗って別人になりすました。


「武具を開発したのは私じゃありません~って言い訳しようとしたのさ」


武具を開発した最初の人間の名はわからない。わからないのはこの文化によって歴史に消えたからだ。

ただ名乗る名前を変えただけで神は罰するべき人間を見失ったのだ。


「名前が違えば別人扱いなんだから隠れるのはとっても簡単だよね~?」


そうして当時のキロ族全員が偽名を名乗って別人になることで罪から逃れた。

生まれてくる子にも真名とは別に偽名を与え、『武具を開発した罪深き人間の子』という定義から逃れた。そこから生まれてきた子世代にも同様に。


そんな歴史から字という文化が生まれた。生まれてきた子には本来の真名と一緒に字をつける。

そして普段はその字を名前として名乗り、生活する。


そうして隠されることで真名はさらに重要性を増していく。そのうち真名は名付け主である親と生涯をともにする伴侶しか知ってはならないものとされるようになった。兄弟姉妹でも秘密にしなければならないという扱いになったのだ。


「歴史が進むほど真名というものはナイショにされていったんだよ~」


再信の時代では、大事な真名を誰かに告げることはすなわち人生最大の告白であるとされるようになった。感覚としては結婚の申込みに近い。

恋愛に行き詰まった女が一方的に思いを寄せる男性に真名を教えて強引に結婚を迫るという描写が小説や詩でみられるくらいだ。


「そんくらい大事になっちゃったんだよね、キロ族にとっての真名ってのはさぁ~」


まぁそれも古い文化だ。今の時代にそれはそぐわないと字はほぼ廃れている。今の時代ではあまり考えなくてもいいものになってしまった。

字をつけ、字を名乗るのは敬虔な懐古主義者くらいだろう。あるいは作家のペンネーム感覚で名付けてみた軽いものか。


「だけども覚えておくといいよ~、カガリとかホムラとか名乗ってる人はだいたい字だからね~?」


***


そう。それが文化学でブリュエットが説いた内容だ。

そしてレコには敬虔な懐古主義者を通り越して狂信的なほど火神信仰に傾倒している父親がいる。そんな父親から字をもらっていないはずかない。それを名乗らなくていいのだろうか。


カンナが問えば、レコはふるりと首を振った。


「あぁいい、私それ捨ててるから」


なんてことなくあっけらかんとそう言い放った。



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