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君を狙う魔女

今日は朝からどんよりとした雨だった。


雨は水神の眷属にあたる雨神が起こす現象だ、というのが神秘学での説明だ。空気中の水蒸気が云々という科学的な仕組みが解明されてもなお、その仕組みを起こしているのが雨神であるとされる。

今日の神秘学の授業は内容を変更して雨神と水蒸気を例とした神秘と科学の折り合いの話になった。すべての神秘はいずれ科学によって解明されてしまうが、それは神を殺すことではない。神が織りなした仕組みをようやく理解できるようになったということだ。科学の進歩は神秘の否定にはならない。神の仕業とされる物事の解明は不敬ではないのだ。


だから大いに学びなさいと続けようとしたところで授業時間の終わりを告げるベルが鳴ってしまった。これからだった熱弁を無粋なベルに止められて不満そうに唸ったリンデロートは使用している講堂が次の授業時間に使われないことをいいことに熱弁の続きを再開しようとした。聞く生徒は残り、聞かない生徒や予定のある生徒は講堂を退出していった。カンナも熱弁を聞くことよりも気になることがあったので講堂を抜けてきた。


目的地はひとつだ。どこにいるかは検討がつく。毎週この時間は図書室で調べ物をしながら自習していると言っていたからそこに違いない。アルヴィナは休みなのかと心配を口にする女生徒の脇を抜けて図書室へ。司書に一礼し、それから目的の人物の元へ。


「ハル先輩、ちょっといいですか?」


レコの言うことが本当なら、きっとハルヴァートが誰かしらに狙われている。周囲の人間から攻め落とすにしたって階段から突き落とすという下手をすれば死んでいた手段を取ることから、きっとハルヴァートにだって。

つまりはハルヴァートが命を狙われているということ。それほどの恨みを買うだなんて一体何があったのだろう。周囲の人間のくくりに入れられ、ターゲットとされた自分にそれを聞く権利はあるはずだ。


「カンナちゃん? どうし…………移動しようか」


どうしたんだと訊ねようとし、カンナの表情に真剣で重要な案件があることを悟る。図書室でやるような会話でないことは確かだ。人の気配のない静かな場所で交わすべき会話なのだろうと察し、ハルヴァートが移動を提案する。

ハルヴァートの提案にカンナがこくりと頷く。カンナが頷いたことを確かめてからハルヴァートも席を立った。自習用のノートと筆記具と教科書を鞄にしまい、本を書架へ。そのまま踵を返して図書室から出るかと思いきや、むしろ逆で、書架の奥へと踏み込んでいく。

書架の奥の奥、ひやりとした空気の行き止まりまで進み、ここでいいか、と呟く。


「ちょっと待って」


そう言い、ハルヴァートはノートの切れ端にペンで何かを書きつける。同じものを4つ作り、書きつけた紙を四方の床に置いた。


「それは?」

「内緒話のおまじないさ。知ってるだろ?」


氷の神は真実を司る。しかし秘密を愛する神は独占欲も強く、手の中の真実を氷に閉ざして隠してしまう。だから氷神は秘密や隠匿といった要素も司るとされる。神秘学の授業でやっただろう。


その氷神の紋章を描くことで紙に氷神の加護を与える。氷の神の加護のついた紙を四方に置けばその空間は内緒話をするに最適な空間へと変わる。真実を秘匿する神の加護に満ちたその空間は漏洩を禁ずる。

もちろん本当に声や音を遮断する効果があるわけでもないおまじないだが、信じれば効くかもしれない。


「さて、話を聞かせてもらっても?」


***


カンナから話を聞き、ふむ、とハルヴァートが唸った。


「成程、そんなことになってたのか……」

「はい。それで……」

「いいよ。わかってる。こうなったら俺のことも話さなきゃいけないな」


もはや無関係な後輩として接するわけにはいかない。事情を話す時が来たようだ。

腹をくくった顔で、驚かないでくれと前置きしてから口を開く。


「カンナちゃん……いやレコちゃんのほうかな? 君が推測した通りだ」


ハルヴァート曰く。自分は誰かに狙われているという。

誰かというのはわからない。犯人がわからないので仮に魔女と呼んでいる。一般的に魔女といえば"灰色の魔女"を指すが彼女ではない。便宜上そう呼んでいるだけでその正体は不明だ。そしてその目的も。


ハルヴァート自身に直接何かをしてきたことはない。だからこそ正体も目的もわからない。やってくることといえば、存在をアピールしてひやりと背筋を寒くさせてくる程度。お前を見ている誰かがいるぞと不快な気分にさせてくるくらいしか今のところ被害らしい被害がない。


「その一環で私が……ってことですか?」

「そう考えるのが普通だと思う。ごめんね、巻き込んで」

「いえ! 大丈夫です!」


階段から突き落とされたことは大丈夫のうちには入らないが、反射的に。つい答えてしまった勢いにふっとハルヴァートが相好を崩す。

過剰に重くならないよう空気が緩んだところで。さて、と話を戻す。


「その魔女は俺に何もしてこない。だけど、だからといって放っていいものじゃない。こうしてカンナちゃんも危ない目に遭ったし」


きっとこのまま放っておけばいつか大きな害になるだろう。カンナが階段から突き落とされても無事だったのは運が良かったからだ。運良く手すりを掴んで踏みとどまれたから。でなければあえなく落下して大怪我、最悪死んでいた。犯人にとってはそうなってもよかったということだ。ハルヴァートの心に冷や水を浴びせるためなら誰が死んだっていいということ。

そうなってしまっては遅い。だから。


「取り返しがつかなくなる前に何とかしなきゃいけない。……巻き込んだ手前で悪いけど、協力してくれるかい?」

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