Aim at me
恋人同士の空気が始まる前にさっさと立ち去る。
購買近くの休憩スペースに座り、一人になったところで息をつく。
これで花の送り主がアルヴィナだということは間違いなく確信した。ベルダーコーデックスが嘘をつくはずがないので必要のない確認ではあったが。
これで送り主は判明した。だが、わからないことはたくさんある。どうしてそんな警告を送ってきたかだ。警告を送る理由や動機、筋合いはどこにあるのだろう。
そして、誰に対する警告かだ。気をつけろと言うが、いったい誰に。
それをアルヴィナに直接問うことはできないだろう。できるなら、アルヴィナだって最初からカンナに直接口で伝えていたはずだ。
鳥を使者にして、しかもメッセージは花だ。手紙ですらない。花言葉だなんて遠回しな方法を使ったのは言えない理由があったからだ。鳥と花を使ってメッセージを届けることがアルヴィナにできる精一杯だったのだろう。
「どしたの、カンナ? 難しい顔して」
「レコ!」
「やっほー、久しぶり」
というほど日にちが経ってはいないが、気持ちの上では。武具作りの授業が楽しくてそちらにばかり注力していたらカンナとすれ違うことが続いてしまっていた。
気さくに片手を挙げて挨拶したレコがカンナの対面に座り、それで、と話を続ける。
「で、そんな難しい顔してどうしたの、何かあった?」
「えっと…………」
それはもう複雑なことがありました。どこから話せばいいのやら。
この様子だとカンナが階段から突き落とされたことも知らないだろう。話の切り口を考えながら、あのね、と切り出した。
***
カンナがやたら話しにくそうにしていたので部屋に連れ込んで女子会にすることにした。
部屋ならば言いにくい話もしやすいだろう。で、どうしたの、と改めて聞き出した内容にレコは思わずこめかみを押さえた。カンナのやつ、ひとが授業にのめり込んでいる間にとんでもないことになっているじゃないか。
「誰に狙われてんのよアンタは…………何かした?」
「してないってば!」
「だよねぇ」
善良が服を着て歩いているような性格だ。カンナが恨みを買うだなんてありえない。無自覚に何か恨みを買ったとしてもそれは逆恨みだろうと言いきれる。それくらいありえないことだ。
では、階段から突き落とすだなんて下手をすれば死にかねないほどの行為を仕掛けられる理由はなんだろうか。
うぅん、とレコが唸る。こんな善良が狙われる理由。まったく思いつかない。
「あ。もしかして」
思いつかないので発想を転換させてみる。あぁ、というレコの呟きにカンナが食いついた。
「え、なに?」
「いやね、もしかしたらだけど」
発想を転換させてみたら考えついた。もしかして、狙いはカンナ本人ではないのかもしれない。
どういうこと、とカンナに聞かれる前に言葉を続ける。
「外堀から攻めてるのかも。嫌がらせの手法のひとつだよ」
ターゲット本人ではなく、その周囲の人間を狙うのは嫌がらせの手法としてよくある。周りの人間を害することで心的なダメージを与える作戦だ。
あいつと親しいと巻き込まれるからと親しい友達や知人は離れていき、ターゲットは孤立してしまう。孤立してしまえば助けを求めることも反撃に転じることも難しい。そうして抵抗ままならなくなったところで狩るのだ。
カンナを階段から突き落とした犯人もそれを狙っていたのかもしれない。
「……でも、それって」
それが正しいなら次の疑問はひとつだ。そのターゲットは誰だろうか、だ。
そしてそこまで考えが至ればそれの答えはすぐ考えつく。この高等魔法院においてカンナと親しい人間なんてレコともう1人しかいない。レコ本人に恨みを買う心当たりはないので消去法で答えは決まる。
「ハル先輩が……?」
***
どうか気付いて。目を覚まして。
その憧れは幻想なのだ。偽りの優しさで粉飾しているだけなのだ。見せかけを取り払って露わになった底、隠された本性にどうか気付いて。
あなたが狙われている。どうか気をつけて。悪意はすぐ側で柔和に微笑んでいる。
どうか、どうか、どうか。私の願いよ届いてくれ。遠回しになってしまうゆえに響きはきっと鈍いだろうけど、でもいつかその憧れの芯を揺るがすと信じて。だからどうか。
この祈りを花と鳥に託す。届いて、響いてくれますように。
ぎぎ、と球体関節の音がした。
背後からの音に自らの末路を悟る。もう終わりだ。




