表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/73

私がここに居る代償

魔法を使うには魔力が必要となる。

魔力は誰にでもあるものではなく、魔法の素質がある人間しか持っていない。しかしその力は眠っていて、その目覚めまでは魔力無しの人間と変わらない。

眠っていた魔力はある日を境に発現する。きっかけは色々ある。強い感情の揺れだとか、魔法に触れたことで目覚めるだとか、誰かに魔力を流し込まれたことで目覚めさせられたりだとか。


カンナの場合、それは自宅の倉庫で起きた。14歳の時だった。

両親に叱られて何もかもが嫌になり、一人でいられる場所を探して倉庫に忍び込んだ。自分の部屋よりも広い倉庫の内部、普段物置きに使っているスペースよりも奥深くに入り込んだ先で古い本を見つけた。

まるで封印のように桐の箱におさめられていたそれを手にした時、それまで眠っていた魔力が発現した。


理由や原因は何にしろ、魔力に目覚めた時必ず起こることがある。きっかけは様々でも結果は同じことが起きる。

それが魔力の発現による衝撃波の発生だ。まるで暴風のように周囲に魔力が吹き荒れ、物理的な衝撃をもってあたりをなぎ倒す。ただの突風ではない。文字通り周囲は更地になるほどの強烈な衝撃だ。

表面張力ぎりぎりで留まるコップに水を一滴落として溢れさせるように、目覚めた魔力は濁流となり暴風となり灼熱となり極寒となり、あらゆる災禍になる。


当然それはカンナにも起きた。魔法が封じられた本を手にしたその時、魔力が発現し、そしてあたりは消し炭になった。本があった倉庫どころではない。倉庫があった家どころではない。家があった村ごと、周囲一帯が消失した。


「それはご愁傷さま。だけど悲しんじゃいけないよ」

「はい」


ハルヴァートの言うことに頷く。自分の魔力の発現により両親も近所の人もみんな死んでしまったが、それは悲しいことではない。

魔法を使えることはとても尊いことであり、そのための魔力の発現は魔法の使用と同じくらい尊いことだ。新しい生命が生まれるくらい喜ぶべきものである。


魔法は神が人間に与えたもの。だが誰でも使えるわけではなく、神に選ばれた(魔力を持つ)人間だけが使えるもの。魔力の発現はつまり神に選ばれたということであり、それは光栄なことなのだ。


たとえそれで集落が一つ吹き飛ぼうとも。


「死んだ皆も光栄だと思っているよ。君が神に選ばれたんだから」

「そうでしょうか?」

「きっとそうさ」


悲しいことではない。魔力の発現は尊いもの。神に選ばれた瞬間に立ち会えたのだ。その見物料は命で贖ったって安い。それがこの世界の常識であり、当然の認識である。


だが、当事者ほどそれをそう素直に受け入れられない。

魔法を使うための魔力の発現は喜ばしく光栄だと思う。神に選ばれたと胸を張りたい気持ちになる。

しかしやっぱり親しい者の死は心に重しを乗せる。もし自分が魔力を発現させなければと考えてしまう。魔力無しであれば、今日が昨日のまま壊れることなく明日に続いていた。自分のせいで集落丸ごと消し飛ばして相応の犠牲を出してしまったと自分を責めてしまうのも仕方ない。


「彼らの死を無駄にしないためにも、ちゃんと学ぶんだよ」


その心を救済することも魔法院の存在意義である。

心にあるべきは自責でなく誇りであると魂を慰め、心が死なないように癒やす。魔力の発現で死なせてしまった人々の死を無駄にしないためにも立ち止まるべきではないと叱る。

何のために犠牲を積んだのか。何のためにここに居るのか。それは魔法を扱う人間が常に心に置かないといけないことだ。自分が立ち止まってしまったら、何のために皆は死んだのか。


「…………はい」


自分のせいで積み上げてしまった犠牲に立ち止まりそうになるたびに言われる言葉がハルヴァートからも浴びせられる。

ハルヴァートもまた同じように言われてきただろう。そのたびに今のカンナと同じ気持ちを抱いたはずだ。お前に何がわかるだとか、気楽なことを言いやがってだとか。だが実際にそれくらいしか口に出せないという事実に打ちひしがれる気持ちだとか。

まるで傷の舐め合いのような感傷で頷いた。


「先輩は旅先でしたよね」

「うん。親父についていったらね。10歳の頃だった」


確かその時、ハルヴァートと付き合っている女の子が不慮の事故で死んだはずだ。

付き合うといっても子供の真似事のようなもので、せいぜい手を握るとかその程度。子供心にそれが恋人だと信じていた。キスは子供ができちゃうからだめだとか。

そんな甘酸っぱい幼い認識でたゆたっていた矢先、その子が事故にあった。池に落ちて溺れて死んだ。その池はハルヴァートと彼女が遊びに使っていた溜め池で、生えている葦に足を取られて転んでそのまま。あの子が池に落ちたとハルヴァートが大人に助けを求め、戻ってきたらもう手遅れだった。

日常の場が悲劇の場に変わったこと、助けられなかった無力感、そういったものを抱えて塞ぎ込んでしまった我が子を心配して父親が気分転換に旅行に連れ出した。もし新しい土地が気に入れば、そこを新天地としようと引っ越しすら覚悟して。


その旅行の行き先で魔力が発現した。旅行先に立ち寄った村と父親を亡くした。母親の方は彼が生まれた時にすでに死んでいた。

そうして天涯孤独になったハルヴァートを魔法院が所有する孤児院が引き取り、そのまま魔法院へ。村の人々はそのことを孤児院からの手紙で知った。


「今更だけど、魔法院ではあまり構えなくてごめん」


魔法院で学ぶ生徒は誰もが同じように魔力の発現での犠牲を経験している。皆心に抱える傷は同じだ。だからといって軽んじず、むしろ同郷だからこそ気にかけるべきだったのに。

小さい頃から一緒に遊んでくれた兄同然の存在が急に居なくなった心細さ、そして魔力の発現で故郷を吹っ飛ばしてしまった心の傷。とんでもなく心細くて不安な中、唯一知っている存在がいてきっと安心したろうに。だから同じ魔法院に入学したんだろうに。

だが自分はまったくカンナに構わず、成績のため勉強ばかりしていた。事故の思い出と魔力の発現による犠牲でできた心の傷を振り切るためとはいえ、カンナには悪いことをした。うっすらとしか覚えていないが、突き放すような言動もした気がする。


「気にしなくていいですよ! こうしてここで再会できたんですし!」


ハルヴァートが謝ってくれた通り、とんでもなく心細くて不安だった。その中で唯一知っている存在に縋ろうとした。だから同じ魔法院に入学した。それは迷子がやっと見つけた親の手にしがみつくようなものだったと思う。

その必死に伸ばした手を突き放された時は天地が終わった気持ちになった。だけどもういいのだ。こうして再会できればあとはもうそれで満足だ。


当時のカンナの気持ちを察して真摯に謝ってくれるだけでもう十分だ。むしろこうして謝らせてしまって申し訳ないとすら思う。

気にしないでください、でも、というやり取りを3往復繰り返し、埒が明かないと痺れを切らしたカンナが強めに両手を叩く。これでおしまいという合図を察してやっとハルヴァートが言葉を引っ込めた。


「そうだね、うん。ごめんね、ありがとう」


カンナの心遣いに謝罪と感謝をしつつ話を切り上げる。これ以上は不毛だろう。

そういえば校内の案内をするために連れ出したのだ。こんな不毛な話をするためではない。

ごめんねともう一度謝り、それから立ち上がる。そろそろカンナを寮に送り届けないと。


「そろそろ戻ろうか」

「はい!」


行こうかと言われてカンナも立ち上がる。

女子寮は男子禁制。男子寮もまた女子禁制。なのでハルヴァートが送っていけるのは寮の入り口までだ。あとは寮長が請け負うだろうと説明されて頷いた。


さくさくと森の中の遊歩道を歩きながら、そういえば、と訊ねる。

ハルヴァートに会ったら聞きたいことがひとつあったのだ。


「でも、どうしてコーラカル高等魔法院じゃなくヴァイスに?」


通っていた魔法院を卒業して高等魔法院へ。その流れはわかる。ハルヴァートは魔法院では主席だったから。

だが、ただ進学するだけなら魔法院から近いコーラカル高等魔法院でよかったはずだ。世界に3校しかない高等魔法院ではあるが、学習する内容は大差がない。


だからこんな遠く離れたヴァイス高等魔法院に進学する理由がわからない。コーラカル高等魔法院の校風が合わなかったのだろうか。


「ちょっとね」


そうはぐらかして、寮に着くまで結局その理由を教えてはくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ