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お仕事しましょ

色々と不可解なことはある。だけど考えていたって仕方ない。

今は目の前の差し迫った問題に対処しよう。そう、学費だ。

高等魔法院の学費は自分で払わなければならない。魔力持ちにとっての義務教育となる魔法院では衣食住含めすべてが税金で賄われて無料であったが、高等魔法院では学費の支払いが義務付けられる。学費稼ぎで学業に支障が出ないようにと、本来必要な額よりは減額されているものの。

おおよそ目安としては入学一ヶ月後に働き始め、週末の休日をあてるくらいの労働時間でいい。それでも学業と両立していればかなりの負担となるのだが。


そういうわけでカンナもようやく学生向けの働き口を見つけ、働き始めて今日に至る。

カンナが選んだのは図書館での仕事だった。返却された本を本棚に戻す作業だ。返却手続きなどは司書がしてくれるので、カンナがやるべきはただ本を分類して棚に入れるだけである。


以前、本の整理は本を適切な棚に収納する魔法でやっていると司書が言っていた。その手段を使わず、こうして生徒にやらせているのは雇用を作るためだろう。ひとを雇わずとも魔法で蔵書整理など一瞬で片付くが、あえてひとを雇うことで生徒の働き口を作っている。

学内の図書館なら通勤しやすいし、内容も蔵書整理と難しくはない。それに、本に触れさせることで生徒に書籍への興味を持たせることもできる。よく考えられた仕事だ。


「よいしょ……っと」


本を積んだ台車を引きながら1冊ずつ棚に返していく。本の背表紙に分類番号がきちんと振られているし、本棚には分類番号の振り分けのプレートが提げてあるので迷うことはない。こういった整理の仕事を生徒に割り振ることが何度もあり、その手順の説明をできるだけ省くために効率化した結果だろう。何をすればいいかは説明されずとも棚と本を見ればだいたいわかるようになっている。


「えぇとこの本は……」


砂語で綴られたタイトルだ。まったく馴染みのない響きの文字の横には共通語で小さくタイトルが併記してある。それと一緒に共通語で綴られた同タイトルの本を棚にしまっていく。

きっと共通語で書かれたものと砂語で書かれたものと読み比べていたのだろうなと背景を想像しながら整理を続けていく。


各地の神話を綴る本が分類されている棚に本をを片付けたら次は神秘生物の本だ。

台車から手に取ったのはこの前カンナが借りたナルド・リヴァイアの本だった。きちんと元の場所にしまってから次。この段は水神に連なる神秘生物に関わる本の棚だ。その下の段は風神に連なる神秘生物たちの本。疾風の天姫と呼ばれるアンシャル神の伝承をまとめた分厚い本をしまって、次。


「…………あ」


台車から取り出したのは空飛魚の生態を解説した本だった。カンナがレポートの資料に借りようと思ったらちょうど入れ違いで借りられていたものだ。

いったい誰が借りたのだろう。誰かが借りたせいでうろ覚えの記憶と戦うはめになった。結局あの時は必死に思い出そうとするカンナを笑いながらベルダーコーデックスが正解を教えてくれたのだが。

名前を知ってどうするというわけでもないが、好奇心に負けて背表紙を開く。背表紙の裏にあるポケットに差し込まれているカードに借りた生徒の名前が記載されているはずだ。


カードをポケットから取り出して名前を見る。貸出の欄の一番下に綴られているのが最後に借りた生徒だ。カヴァナ・アッカロー、ロティス・ハンフリー、フィレンツェ・マスカレイト、その下。最下段の欄には、ハルヴァート・トラバントと。


「ハル先輩が……?」


ハルヴァートがどうして。いや、分野を問わず様々な知識を得ようとしている先輩のことだ。きっと何かしら必要なことがあったのだろう。

そう思い直し、深く考えずに本をしまう。今度会った時にふと思い出すことがあったら、このことを引き合いに出して苦労を語ってちょっとした意趣返しとしよう。


「次は……空飛魚の調理法100選……何これ?」


世の中には奇妙な本があるものだ。末端の末端といえど神の眷属をそのへんの魚と同じように食べようとするんじゃない。しかし興味がないと言われれば否だ。興味に負けてちらりと目次を見たが、代表的なものは香草をたっぷり使った蒸し焼きだという。いやいや。神の眷属になんて不敬な。でも。


「後で借りよう…………」


これは知識の補足のためであって。決して食の興味に負けたわけでは。代表的なのは蒸し焼きだが一番美味しいのは、という見出しが気になるからではなく。

何かに言い訳しつつ、そっと本を台車の端に除けておく。この本は後で借りて読もう。あと今日の夕飯は魚料理にしよう。


そんな言い訳をしつつ、蔵書整理の作業を終える頃にはカンナの頭から本の借り主のことなどすっかり抜け落ちていた。


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