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毒仕込み

「あ、ハル先輩」

「やぁ」


今日は次々と人に会うものだ。不思議だなぁと思いつつ、ハルヴァートに会釈する。

今からどこへ。神秘生物学の実習です。そんな会話をしつつハルヴァートと並んで歩くことになってしまった。たまたま行き道が同じらしい。


「今会えたならアルに渡す必要なかったなぁ」


寮に入れない自分よりはアルヴィナのほうがまだ会える確率が高いだろうと託したのだが、こうして偶然出会えたなら渡す必要はなかった。

小さなすれ違いに肩を竦めつつ話を続ける。


「あれ、気に入った?」

「はい! いい匂いですよね」

「よかった。カンナちゃんの気に入るものがわからなくてアルに任せちゃったんだよね」


何をあげようか、かなり話し合ったという。化粧品ならたいていの女の子は喜ぶだろうと提案したハルヴァートに、化粧品は肌質やらの問題があるので安易にあげるべきではないとアルヴィナに叱られてしまった。

男は安易だから困ると溜息を吐かれ呆れられてしまった。女心は難しい。

そうしたやり取りの結果、アルヴィナの得意分野である香水になってしまったわけだが。


「気に入ったらつけてみてね」

「はい」


にこりと人当たりよく微笑むハルヴァートに曖昧に頷く。今持っていないことがばれたらまずい。きっと悲しませてしまうだろう。口ではこう言っておいて実は気に入らなくて捨てたとか誤解されてしまうかもしれない。ヴィトに貸したことは絶対に隠さなければ。

あまり長く喋ってるとボロが出てしまうかもしれない。ちょうど講堂も目の前だ。そそくさと逃げるように講堂へと駆け込んでいった。


***


「どうしてですか!?」


カンナが講堂に入った途端、生徒の怒号が聞こえた。どうやら何かがあって、生徒がウィレミナに詰め寄っているようだ。


「どうして僕が実習に参加できないんですか!? レポートだってバッチリで……昨日まで問題ないって……なのに……!!」


言い縋る様子を聞くに、どうやら実習当日になって急に参加不可を言い渡されたようだ。

具体的に何があったの、とカンナが視線で隣の生徒に問う。曰く、教壇に立ったウィレミナが席を見回して彼を指し、あなたはだめです、と一言言ったのが発端だとか。

彼は喉が渇いたのでジュースを飲んでいたところだったそうな。


「納得できません! 説明してください!」

「えぇ。あなたが食べたものに原因があります」


食べたというか、飲んだというか。それが原因だ。

このジュースが何か問題あるんですかと重ねて詰め寄る彼に、問題ありますとウィレミナが冷淡に返す。


「空魚は柑橘の匂いで凶暴化するんです」


空魚の嗅覚は敏感だ。それこそ、飲み食いした後の口臭にさえ反応できるほど。

そしてオレンジやレモンといった柑橘の香りを嫌い、嫌うあまり暴れだす。普段穏やかな気性の空魚だが、柑橘の匂いを感知すれば疲れ切って動けなくなるまで暴れ散らかす。


そんな空魚と触れ合う前にオレンジジュースを飲んだらどうなるか。答えは明白だろう。だから参加させない。


「っ……クソ!!」


ぎりりと歯噛みした彼は悪態を吐いて講堂を飛び出した。匂いに敏感なのは言ったでしょうにとウィレミナは溜息を吐くだけだった。


「よかったなぁテメェ。危うくハネられるところだったぜ」


場の雰囲気を邪魔しないように小声でベルダーコーデックスが見上げてくる。顔はないので雰囲気だが。


確かにそうだ。匂いに敏感だからと服を除けておいてよかった。でなければクローゼットに入れた匂い袋から移った香りを理由にカンナがあの立場になっていたかもしれない。

それよりも、アルヴィナからの香水をヴィトに預けたことだ。あれはオレンジの香りの香水だ。あんなものをポケットに入れていたらどうなっていたか。

もらった直後にヴィトに渡したおかげでポケットには匂いが移っていない。彼女に預けたことが回り回って幸運つながったというわけだ。


「はぁい。では一人ひとりチェックしますねぇ。順番に並んでください」


体から漂う匂いのチェックを済ませたらいよいよ実習だ。

生徒を一列に並ばせ、順番にチェックしていく。チェックを担当するのは手のひらにおさまるほどの小さな空魚だ。これなら仮に暴れても被害は少ない。


「この子は空魚の稚魚なんですよ~。今からあなたたちが触るアネちゃんの子供です。かわいいでしょ?」


空魚の稚魚を使って一人ひとり匂いのチェックをしていく。カンナも無事通過することができた。

最初に飛び出した生徒以外全員合格。では、チェックも済んだし実習へと移ろう。


ウィレミナが腰にぶら下げている銀色のストラップを取り出す。薄く、細長い銀色のプレートがいくつも連なっている束の中からひとつを選り分けて手に取った。


「"修練の門"、解錠」


まるで鍵穴に鍵を差し込んで回すような動作でプレートを持つ。ウィレミナが手首を半ひねりさせれば、空間が縦に裂けた。人の身丈ほどの長さに裂けた空間の割れ目は左右に開き、人が出入りするための穴を作る。


「はぁい。では入ってくださいね」


ドアをくぐる時のように気楽にどうぞ。手招きして微笑んだ。



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