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アネモスの毒

「キミ、ボク見つけるの上手くナイ?」

「今回はベルダーのお手柄ですよ」


さて。話があったのだった。彼女の名前について未だに聞いていない。今日こそは聞かせてもらわないと。


「ところで、名前聞いてないんですけど」

「あー……あぁ、そうだネェ……ゴメンネ、忘れてたや……」


改まって自己紹介なんて段階をすっ飛ばしたせいできれいに名乗り忘れていた。

そんな雰囲気で頬を掻いた彼女は、うん、と頷く。


「ゴメンネ、ボクは……あー……名前長いカラ、ヴィトでいいヨ」

「ならヴィトさんで。私はカンナです」

「カンナちゃん! カワイイ名前だネェ」


いい名前だ。うんうんと深く頷く。

ヴィトのその様子を見ながら、やっぱり、とカンナは推理を走らせる。教師は生徒の名前をだいたい全員覚えているという。たとえ選択授業で自分が教える授業が取られていなくても。カンナは彫金学の授業を取っていないが、彫金学のハッセ先生はカンナの顔と名前を知っているように。

ということは教師ではないのだろう。ならヴィトは校舎の研究室を借りて魔法の研究を続ける卒業生のひとりなのかもしれない。それならカンナの名前を知らないのも頷ける。


「じゃぁついでにこのまま色々聞いちゃおうカナ。カンナちゃんは今ナニしてるノ?」


何を、というのは履修している授業の話だろう。カンナが今、どんな勉強をしているのか。

そう解釈して、えぇと、と言葉を続ける。履修しているのは必修科目の歴史、神秘学、地理学、文化学、それに選択授業の神秘生物学だ。あとは単位稼ぎの科目がいくつか。


「主だったのはそれくらいです。今日は神秘生物学の実習があって」

「へぇ、ウィレミナの? ナニやってる?」

「空魚です」


ひゅう、とヴィトが口笛を吹いた。あれに触れ合わせるとはウィレミナも人が悪い。あれは気性こそ穏やかだが、その扱いには繊細な注意が必要だ。

厳しくチェックし、生徒のほとんどを落として実習に参加させないとかやるだろう。初回は厳しく当たり、生徒に根性を叩き込むのだ。


そういうことをするから神秘生物学の授業は人気がない。こまめなレポート提出に厳しいチェック、それをクリアしても扱いを間違えれば死ぬ危険性がある。

だから誰も受講したがらないのだが、カンナはそれに堂々挑んでいった。しかも話を聞くに、事前のチェックには合格して実習に挑めるという。


「そういえばサァ……昨日、お礼の品を渡したいって言ってたよネ?」

「え、あ、はい!」


そうだ、そういう約束をしていたはずだ。

でも何も用意していない。どうしよう、と狼狽えていたら、それ、とヴィトがカンナのポケットを指してきた。


「ナンカいい匂いする! 香水? ソレ、ボクにチョーダイ!」

「え、それは…………」


きっとヴィトが指しているのは先程アルヴィナがくれた香水の小瓶のことだろう。だがそれを渡すのはどうなのだろう。詫びの品を誰かに渡したと聞いたら悲しんでしまうかもしれない。


「イイデショ? ダメ?」

「えっと、これ、人からの貰い物なので……」

「エェー……そっかぁ……。なら、1日だけ貸してくれナイ?」


1日だけ小瓶を貸してくれ。半日だけでもいい。この香りが気に入ったのでつけてみたいのだ。

そう言い縋るヴィトの目は真剣だ。カンナより一回り年上だろうに、まるで子供が駄々をこねるよう。


「いいんじゃねぇか?」


困り果てるカンナに追撃したのは黙って話を聞いていたベルダーコーデックスだった。


「空魚は匂いに敏感なんだろ?」

「あ」


せっかく新品の服を用意するほど用意周到に準備していたのだ。それなのに香水をポケットに忍ばせて実習に向かうのは矛盾している。

ヴィトはきちんと返すと言っているし、いったん預けるつもりで貸してみたらどうだろうか。

要約するとそんなことを言った。


「確かに……じゃぁ、半日だけですよ!」

「オッケー! 実習が終わる頃にはちゃんと返すヨ!」


やったぁ、と子供のように跳ねて喜んだヴィトはそのままぴょんとベンチから飛び降りるように立ち上がる。


「アリガト! ……あ、そろそろ時間カナ?」

「あぁ! そうじゃん!」

「おうやっと気付いたかノロマ」

「気付いてたなら言ってよ!!」


そろそろ授業が始まる。これ以上はゆっくりとはしていられない。

カンナも慌てて立ち上がり、神秘生物学の授業が行われる講堂へと走っていく。

ちゃんと返してくださいよと言うカンナの声に片手を挙げて了解の返事をし、一人になった頃、さて、とヴィトが呟いた。


「空魚にオレンジだなんて……危ないのにネェ」


誰かな、あの子を殺したいのは?



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