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綺麗な花には何とやら

ついに実習の日だ。レポートは提出してチェックを受けて合格、実習を受けてもよいという許可も出ている。

この日のために新品の服を用意した。空魚は匂いに敏感だ。ということは、クローゼットに入れた匂い袋から移った香りに反応してしまうのではないかと思ってのことだ。そこの部分はウィレミナが説いた注意事項にはないことだったが念には念を入れて。考えられるリスクは少しでも削るべきだ。それくらい慎重な方が神秘生物との触れ合いに向いているだろう。


「よし……っと」

「新品を用意したってどうせ汚れてだめになるだけだろうが」

「いいの!」


こういうのは気持ちの問題だ。動きやすいようにしっかり髪をまとめ、裾が踊らないようにベルトで締めてからベルダーコーデックスのホルダーを吊るす。太いナスカン2つで左腰にぶら下げて、最後にブーツの紐を結び直して準備完了。さて通学だ。


部屋を出て廊下を進み、寮を出る。寮の前の広場を朝の支度を終えた生徒たちが行き交っている。

レコは彫金学の実習で昨晩から実習室に詰めているのでいない。少し寂しいなと思いながら、カンナも図書館に足を向ける。

神秘生物学の実習の時間までは少し間がある。その前に、昨日聞き損ねた図書館の求人を問い合わせよう。そう思った時だった。


「あら。ちょうどよかった。ちょっとよろしくて?」

「アルヴィナ先輩?」


向かおうとしたら、アルヴィナが不意に飛び止めてきた。濃いめのきりっとしたアイメイクに彩られた意思の強い瞳がカンナを見据えている。


「この前の埋め合わせにってハルが気にしていたでしょう? その埋め合わせを届けに来ましたの」

「え、そんな、気にしなくてよかったのに……」

「詫びさせてくれって譲らなくて。……それで、これがその詫びの品ですわ」


律儀なことに。一度そう決めたら譲らないのがハルヴァートの長所でもあり欠点だ。こうしたいと思ったら強引に事をなす。

まったくと肩を竦めて、はい、とカンナに小さな紙袋を渡した。片方の手のひらにおさまる小さな紙袋を開けば中から橙の小瓶が現れた。ほのかにオレンジの香りがした。


「気分をリフレッシュさせるのにちょうどいいものを……と思って。どうか受け取ってちょうだい」

「ありがとうございます!」


きっとトルビラ香草店で買ってきたものだろう。あそこは花から作った香水なんかも取り扱っていたはずだ。

トルビラ香草店といえば。はっと思い出して、そうだ、と声を上げた。


「トルビラ香草店の店主がアルヴィナさんを呼んでましたよ。アルヴィナさん用のものが入荷したって」

「えぇ。そろそろでしょうと思って、それを買いに行くついでに行ってきましたわ」

「あぁ……じゃぁ入れ違いになっちゃいましたね……すみません」

「別に構いませんわ」


急いでいないから次に会った時にでも、という言葉通りにしていたら連絡がずいぶん遅れてしまった。その間にアルヴィナは自分で香草店に。伝言を言付かったカンナはまったく役立たずの結果になってしまったようだ。そうならないよう探してでも伝言を伝えておくべきだった。


落ち込むカンナに気にするなとアルヴィナが首を振る。店主だって急ぐ用事でもなかったからカンナに言付けたのだ。行き違いになったからといって役立たずと自分を卑下することはない。


「こんな天気のいい今日の出だしに落ち込むなんてよくありませんわよ」


爽やかな朝なのだから爽やかな気分で一日を始めよう。そう慰めて、カンナの肩を叩く。

あまり長話もできない。アルヴィナはこれから温室の植物の世話があるのだ。


「それじゃぁ、今日も頑張りましょう。良い一日を」

「はい、先輩も!」

「えぇ」


にこりと微笑んで優雅ささえ感じる動作で踵を返すアルヴィナにカンナも手を振る。

鳥の羽根のケープを翻して立ち去る様子はお嬢様というよりはどこかの国の姫君のような気品がある。おとぎ話の挿絵のように裾の長いドレスを着たらきっと似合うだろう。

お姫様の隣に並ぶのは王子様。つまりハルヴァートに他ならない。きっとハルヴァートも華麗に着こなすのだろうなと思い描きながら息を吐く。顔がいい男はずるい。


この感情は宙ぶらりんのままだ。恋人がいるからとすぐに過去にするには長く抱えすぎた。

好きだし一緒にいたい。突き放されれば悲しい。だけどそう思う割に男女の仲らしい欲求はそれほど湧いてこない。ということは『好き』の種類が違うのかもしれない。そう結論づけて整理できるほど冷めてもいない。

結局どうしたいんだろうなぁ、とぼやく。こんなに思い悩んでいると、この様子をからかいにベルダーコーデックスが何か喋るかと思ったが、特に何も言わず沈黙している。からかう価値すらないと判断しているのかもしれない。


「おい、アレ見ろ」

「何よ……あ!」


ベルダーコーデックスが声をかけてきた。前方斜め左と指示する方向に目を向ける。

そこには昨日見つけた彼女の姿。やっぱり迷彩魔法かけてやがるぜ、とベルダーコーデックスから補足がきた。


今日こそ彼女から名前を聞かないと。おぉい、と彼女へ呼びかけて走り出した。


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