彼女は見事に隠れるものだ、まぁ見破るのだが
森の遊歩道を逸れた先にある小道。散歩用のルートになっているそこにはところどころ屋根付きのベンチが置いてある。
そこに腰を下ろし、それにしても、と彼女が呟いた。
「ドウシテ見つけられたノ? 隠れてたのにナァ……」
妙な片言の彼女曰く、迷彩魔法をかけて自分の姿を消していたらしい。よほどの人間でなければその姿を捉えることは難しい。その『よほど』にたかが新入生が該当するとは思えない。
不思議だと語る彼女に、あぁ、とカンナは頷く。迷彩魔法で姿を隠していたから声をかけられてもきっと別の誰かだろうと思って応じなかったのか。なるほどそれは聞こえていても無視されるわけだ。
「ベルダーのおかげだと思います」
ベルダーコーデックスは真実の書と呼ばれるだけあって、まやかしや嘘に強い。虚偽を見破る能力があるわけではないが、それに近いことはできる。これも不信の時代、武具をまとめて焼かれて溶けた銀が合金された際に得た後付の能力なのだそうだ。
だからおそらく迷彩魔法があるにも関わらず彼女の姿を見ることができたのだろう。そう語るカンナに、へぇ、と彼女が返す。
「真実の書ってコトは……事象改変のほうもデキちゃうのカナ?」
「えぇ、はい……まぁ……知ってるんですか?」
「まぁネ。チョットは詳しいヨ」
そうなんだと返したのはカンナの方だった。彼女の身分は知らないが、図書館の従業員用の出口から出入りしていたくらいだ。おそらく教師かそのあたりなのだろう。教師でなくとも、校舎の研究室を借りて魔法の研究を続ける卒業生もいる。きっとそのどちらかなのだろう。なら武具に詳しいのも理解できる。
さして気にも止めず、それで、と話を変える。
「あの、今度何かお礼をさせてください」
「え? お礼って……道案内の?」
「はい!」
せっかくだ。言葉だけでなくなにか形としてお礼をしたい。映えある高等魔法院の入学式を迷子になって欠席なんて恥ずかしい結果にならなくて済んだし、しかもその後に憧れの先輩であるハルヴァートとも再会できた。再会できただけでなく2人きりで会話もできた。さらにその後は失恋したがそれはそれ、これはこれ。
とにかく、彼女が案内してくれたおかげでいろいろなことがうまくいったのだ。それはこの場でお礼を一言言うだけでは足りない。お礼をしたい、いや、させてほしい。
そう主張するカンナに、ふぅん、と彼女が鼻を鳴らす。道案内なんて大したことでもなし、礼など一言でいいのに。それなのに物品でも何か礼をしたいとは律儀なことだ。
「うぅん……ソレなら、こうしよ。今度会った時に何か持ってるモノ、チョーダイ?」
今は急だろうから何も持っていないだろう。なので次回。次回にすることで、『また会おう』という意思にもなる。また会いたいというのはつまり、それなりの親愛を持っていて友情を築きたいというサインなわけで。
その約束はきっと心地良いだろう。今はそういうことでどうだろう、と提案すると、カンナはこくりと頷いた。
「んじゃ、そういうコトで!」
「はい! あ、迷彩魔法で隠れないでくださいね。見抜いちゃいますから」
「はぁい。キモに銘じとくヨ。……あ、ボク用事があるからコレで! またネ!」
「え。そんな急に……あ……」
行っちゃった。急なことに驚いているうちに彼女はベンチを立って走り去っていってしまった。
後にはぽかんとしているカンナと、あぁ話が終わったのかと昼寝明けのような声を出すベルダーコーデックスだけが残された。
「……名前……聞いてないんだけど…………」
***
面白いものを見つけたな、と心が躍る感覚がする。足取りが軽いことを自覚するくらい機嫌がいい。
こんなに機嫌がいいのはいつ以来だろう。前回がいつだったか思い出せないくらい遠い日だ。
「あのコが入学したのは偶然カナ?」
それとも神の意志だろうか。運命論になるが、この世界では仕組まれたかのように奇跡の偶然が起きる。
代表されるものが魔力持ちとそれに適応する武具の邂逅だろう。魔力を持っている人間は10歳を越えたあたりで必ず魔力を発現し、また自身に適合する武具が必ず見つかる。魔力持ちであるにも関わらずその才能が目覚めないことはないし、魔力を発現しても適合する武具に出会わず宝の持ち腐れになるなんてことはありえない。必ずそうなる。
そうなるように運命が仕組まれている。それが神の意志と呼ばれる必然だ。
神の意志というのは比喩ではない。その通りの意味だ。この世界は神々の手の上。筋書き通りに世界は動き、人間が動き、運命が動く。
そうであるなら、神の意志という仕組まれた必然によってあの少女はここに入学したことになる。あの子がこのヴァイス高等魔法院に入学するよう、その動機を作るために神が仕組んだ。台本の筋書きを書くように。
きっとそれは、何かを改変させるためだ。この運命を仕組んだ神は真実の書により何かを改変させて正させたいのだ。
その目星はついている。まったく神々は悪いことを考えるものだ。
「まぁ、オモシロイモノを見つけたのは確かだしネェ……」
あの子には悪いが、少し利用させてもらおう。なに、神の意志ほど悪どい行為ではない。望みを叶えるために力添えしてもらいたいだけだ。
「ヒトはそのくらいしか利用価値がナイ……だっけ?」
悪辣だけどその通りだ。




