探していたあの背中
あれこれと学業に励んでいたらもう3日も過ぎていた。
そろそろ決めないといけないことがある。何かというと、学費のためのアルバイトだ。いい加減に決めておかないと学費と生活費が足りなくなる。
世知辛い世の中だ。センターの掲示板を眺めて求人を探す。
「早く決めねぇと素寒貧で中退だぜ?」
「わかってるよ、もう!」
揶揄してくるベルダーコーデックスに怒号を返して掲示板に視線を戻す。
色々と求人はあるがどれもピンとこない。未経験でもできるような軽作業は時給が低くて割に合わない。
必要な学費と勉強の時間を抜いた余暇の時間とを計算してバランスの良い働き口を見つけなければ。
悩むカンナにふと、とある求人が目についた。
「これは……司書さんかな」
アルバイト内容、図書館の本整理。シンプルな文字でそう書いてあった。
今ある求人でちょうどいいのはこれだろう。とりあえず話を聞いてみるだけ聞いてみよう。そう思い、求人票を手に取った。
***
蔵書の補修を始めとした各種メンテナンスのため、本日午前は図書館は休館です。
「え」
そんな看板を前に呆然と立ち尽くす。休館の知らせなんてなかったのに、なんて唐突な。
だがメンテナンスならば仕方ない。はぁ、と溜息をついて気を取り直すことにした。
午前は休館ということは午後は開館するのだろう。なら、求人の話はその時に。
それまで時間を潰していよう。図書館の裏手には小さな公園があって、ぼんやりと時間を過ごすにはちょうどいい。そこでしばらく時間を潰して、昼食を食べて戻ってこればちょうど開館する頃だろう。
そう思い、気を取り直して公園に向かう。図書館から公園に続く並木道に足を踏み入れた。
並木道は図書館に沿って広がっている。本の日焼けを防ぐため、図書館の並木道側の壁には窓がない。真っ白な壁が続くのは寂しいのでという理由か、壁にはモザイクタイルで絵が作られている。
色とりどりのタイルで描かれた緻密な絵は古代の神話がテーマのようだった。
図書館の入口側から公園側へ歩くと歴史の順に絵が移り変わっていくようになっている。
まずは原初の契約のシーンだ。右側に向けて手をかざす人間の姿が描いてあり、右のページには集中線で示された光と、左側へ向けて流れるような細やかな模様が描かれている。
これは人間と神々が相互に助け合い、信を積もうと契約する一幕を表している。人間は信仰でもって神を敬い、神は信仰を受けて恩恵を返す。それが原初の契約と呼ばれる相互信頼の証だ。
そして、まるで漫画のコマ割りのように、シーンの切り替わりを示す黒いタイルの縦一直線の仕切りの次。
左に描かれた人間は膝をついて四つん這いになり、右側にあった集中線で示された光は消え、空虚な空白がある。規則的に流れるような模様は、風が強い日に開け放たれた窓で踊るカーテンの影のように乱れ狂っている。
その絵を破るようにして、四隅から入る黒いひび割れ。世界の災厄、"大崩壊"だ。
具体的に何があったのかまではわからない。だけども未曾有の大災害と言われている。神秘学者が言うには、大陸が半分消し飛ぶほどの大破壊が起きたという。
そしてそれは、人間の側が引き起こした大災厄であった。人間は神々との対等な関係を断ち切り、神を殺害せしめた。
信仰がなければ存在できない神々にとっては死活問題だ。存在が弱まり、権能が失せた神々は恩恵を与えることができない。それでもって、人間は神々を『殺した』。
たくさんの土着神が信仰の破棄によって存在を殺された。しかし、世界の基礎を築いた元素の神々はかろうじて殺害を免れた。さすがに世界を形作ったものとなると信仰を捨てたくらいでは消滅しきれなかった。
しかし大きく力を削がれたことには変わりなく、最後の力を振り絞って神々は神の世界を築いてそこへと逃げ込んだ。
そうして、世界は人間のものとなり、神々とは隔絶された。それが次のモザイク画のテーマである不信の時代だ。
そこから再信の時代、それから今に続いていくんだという歴史の話を思い出しながら、緻密なモザイク画からふと目を離す。図書館の従業員用の出入り口のドアが動いた気がしたのだ。
「あ……!!」
ドアが動いたのは見間違いではなかった。カンナの目が誰かがドアから出てきた瞬間を捉えた。
しかもドアから出てきた人物にはとても見覚えがあった。あ、とカンナが声をあげる。
「入学式の!」
間違いない。あれは入学式の時、迷子になってしまったカンナを案内してくれた人だ。
白に近いプラチナブロンドに見覚えがある。見間違えるはずがない。
彼女はカンナに気づかず、そのまま並木道に沿って立ち去ろうとしている。
「あ、待って!!」
慌てて駆け寄って呼び止める。しかし聞こえていないようで、並木道をどんどん進んでいく。
「ちょっと、ねぇ、待ってってば!」
その後ろを走って追いかける。彼女は並木道を逸れて森の遊歩道へと進む。
その背中を追いかけて追いついたのは遊歩道をだいぶ歩いてからのことだった。
「待って!!」
「わひゃっ!?」
何度呼びかけても気付いていないので裾を掴んで引き止める。後ろにつんのめった彼女が振り返り、そこでようやくカンナに気付いたようだった。
「え、あれ? 呼んでたの、もしかしてボク?」
「そうですよ! 誰だと思ってたんですか!」
「ゴメンネ! ボクだと思わなくて……なんか、ダレかを必死に呼んでるなぁとは思ったんだよネ!」
てへ、と自分の失敗を茶化す彼女に、はぁ、と息を吐く。ついでに全速力で走って乱れた息を整え、それから顔を上げた。
「あの、入学式の時はありがとうございました。お礼、言えてなくてごめんなさい」
「んぁ? あぁ……あの時の! ソレダケのために呼んだの? 別によかったのに」
そうかそうか、と彼女が頷く。礼を言うためだけに探して見つけて、こうして追いかけてきてくれたのか。
敵意と殺意と害意以外の感情を人間から向けられるのは久しぶりだ。人助けはするものだネ、と心中で呟いて、あぁいいよと親切に対して気さくに返す。
「せっかくだ。チョット雑談でもしてく? 時間があればだケド……」
ちょうどいいスペースがある。人に聞かれず内緒話ができるところだ。ついと彼女は遊歩道から逸れた細い小路を指した。




