物事の埋め合わせに
自習室なので声を潜めつつ、雑談を続ける。
あの先生は厳しいだとか緩いだとか。こういった情報は学校のガイダンスでは教えてくれないだろう。
そんなことを話していたら、しずしずと静かにカマリエラ・オートマトンが歩いてきた。
アルヴィナにプレゼントを届けに行った帰りなのだろうか。特に何も持っていない。
「あぁ、カマリ。おかえり」
ハルヴァートの出迎えにこくりと頷く。発声器官がないので動作での了承だ。
それからカマリエラ・オートマトンはまるで付き人のように、両手を揃えて背筋を伸ばしてハルヴァートの背後についた。
「しまわないんですか?」
何かしらを召喚し使役する武具の場合、用が終われば魔力の接続を切って片付けるものだ。しかしハルヴァートはカマリエラ・オートマトンを消さず、そのまま背後につかせている。用事が終わったのなら消してしまえばいいのに。
それとも常時召喚型なのだろうか。常時召喚型とは、任意での召喚、帰還ができず術者が死亡しない限りずっとその場に呼び出され続けるタイプのことをいう。
カマリエラ・オートマトンがそのタイプなら納得がいくのだが。
疑問を口にするカンナに、いや、とハルヴァートは首を振る。カマリエラ・オートマトンは常時召喚型ではない。用事が終われば帰還させることも可能だ。
だがそれはできるだけやらないのだ、とハルヴァートは語る。
「ちょっとした訓練さ。長期間、魔力の接続を維持する練習のね」
それで何をするというわけでもないが、技術は身につけておくに限る。
ということで用がなくてもできるだけ召喚したままにするようにしている。授業中や試験中は出してはいないが、それ以外の時間は状況と魔力が許す限り。
「それにほら、用が済んだらはい片付け……なんて寂しいだろ?」
自我はなく意識もなく、ただ主人である術者の命令を聞くだけの自動人形だとしても。
相棒なのだから自分と同じ世界を見せたい。
「自己満足……いってぇ!」
おとなしく机の上で話を聞いていたがついに悪辣に吐き捨てたベルダーコーデックスをカンナが叩いて黙らせる。しかしばっちり聞こえていたようで、ハルヴァートは苦笑いするだけだった。
「その通りだから否定はしないよ。……あぁそうだ」
「はい?」
「この前は遠慮させてごめんね。アルと先に約束してたんだろう?」
この前というと、アルヴィナに校下町へ誘われたことか。
後から来たくせに横入りしてカンナに遠慮させてしまったことを気にしているのだろう。
「今度何か埋め合わせするよ。希望があれば聞いておくけど」
「えっ!? いいですよそんなの!」
「俺がやりたいんだよ。受け取って。……あ、こんな時間か」
ちょうど時報が鳴った。時報の音でハルヴァートは時計を見上げる。そろそろ移動しないと次の予定に間に合わない。
「じゃぁ、今度埋め合わせするから。それじゃぁ」
「え、あ、はい! また!」
手を振り、カマリエラ・オートマトンを伴って自習室を出るハルヴァートを見送る。
やっとうるせぇのがいなくなったなと呟いたベルダーコーデックスには手刀を叩き込んで黙らせる。余計なことを言うな。まったく。はぁ、と息を吐いて、カンナもレポートの執筆に戻った。
「えーと…………あれ?」
空魚の生態についてまとめ直したノートを眺めて、あれ、と気付く。走り書きのノートに書いてある通りに書き写して清書したものだが、授業でウィレミナが言っていた言葉を思い出して反芻してみたら内容が食い違っている気がする。確か、ウィレミナはああ言っていたと思うのだが、ノートには別のことが書いてある。
間違っているのは記憶かノートか。走り書きのさなか、うっかり書き間違えたままというのはよくある。1を書いたつもりで2になっているだとか。
間違えずに覚えてレポートにしないと実習に参加できない。由々しき問題だ。うろ覚えですごめんなさいと素直に言えばウィレミナは教えてくれるだろうが、しかしうろ覚えで記憶している生徒は神秘生物に触らせないだろう。
「……調べてこよ」
図書館なら空魚の生態についての本があるだろう。それを読んで答え合わせをしよう。ついでに授業で教わっていない情報も得られればレポートの文量も増やせる。あと、ナルド・リヴァイアについての本も返さないと。
そう決めたのなら即実行。荷物をまとめて立ち上がって、自習室を出て図書館に向かった。
***
「え、本が借りられてる?」
空魚の本が借りられてる。貸出中ですねと伝えた司書は、えぇ、と頷く。
「ちょうどたった今、あなたと入れ違いで」
「あちゃぁ……」
同じことを考えるヤツなんてそりゃいるだろうさ。ベルダーコーデックスからの茶々は叩いて黙らせる。これで今日3度目だ。
仕方ない。うろ覚えで書くしかないか。記憶が曖昧だと正直に打ち明ければいいだろう。それで実習に参加できるかはわからないが。
一度くらい実習に参加できなかったからといって単位がもらえなくなるわけでもなし。もし参加できなければ次で挽回しようと思い直すことにした。
「ありがとうございました」
「はい。またのご利用をお待ちしています」
借りた本の返却手続きだけをして図書館を出る。
そのカンナの背中を小鳥が見つめていた。




