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名無しの司書

図書館は校舎の南側に併設されている。生徒なら誰でも利用可能だし、校下町の人間でも許可があれば利用できる施設だ。

24時間開いていて、本や棚の定期メンテナンス以外の休日はなし。これだけでも驚異なのだが、なんとこれを司書一人で切り盛りしているのだ。


からん、とベルが鳴った。


「初めての方ですか? いらっしゃい」


ドアベルに反応してカウンターの司書が顔を上げた。アイスブルーの髪の女性はにこりと微笑み、カンナをカウンターに手招きする。

招かれるままにカウンターへ行くと、ちょうど利用案内のファイルが取り出されたところだった。表紙を開き、ファイルに挟まれた利用案内の用紙をカンナに渡す。


「ガイダンスで聞いていたりするかもしれませんが……」


その場合は重ねての説明になってしまうが申し訳ない。そう前置きして、司書は銀色の瞳をカンナに向けた。ついとペンで利用案内が記された紙の文字をなぞる。


「ここに書いてある通り、生徒なら無料で本の貸し出しができます。返却期限は1週間。申請していただければ延長は可能です」


借りる時は本の裏表紙のポケットにある貸し出し表に名前を書いて提出。データの記録と保存ができる武具を使って貸し出しの管理をする。

本の返却は返却用の窓口に出せば、あとは図書館側で返却手続きをする。なので本を返す時は無言で置いていっても構わない。貸し出し期間は1週間。もし貸し出しを延長する時は窓口へ。最大1ヶ月まで延長することができる。それ以上借りる場合は一度返却を挟んでまた借りることになる。

もし借りたい本が貸し出されていたら、返却された時に取り置きもできる。最大1ヶ月までの延長からの再貸し出しをする場合は、再貸し出しの前に取り置きを優先する。


その他、注意点をひとつずつ司書から説明される。おおよそはどこにでもある図書館や図書室のシステムと同じだった。


「ここまでで何か、質問はありますか?」

「いえ、大丈夫です!」

「はい。本を探す場合はあちらで」


使い方を説明しますね、と司書がカウンターから立ち上がる。カンナも倣ってついていく。

読書スペースと本棚のエリアを仕切る壁に何枚かの鏡が置いてある。近寄ってみればそれは鏡ではなく、金で縁取りがされた銀の板だった。丸く楕円の形をしているせいで鏡に見えたようだ。


「これが検索用の武具です」

「はぇ……?」

「探したい本を思い浮かべながら表面に手をかざしてみてください」

「こ、こうですか?」


言われた通り、板へ右手をかざす。探しているのはナルド・リヴァイアについての本だと念じながら。


すると不思議なことに、板にぼんやりと青白く光る文字が浮かんできた。

G-02-sea-0001、ナルドの海竜伝承。G-02-sea-0002、リヴァイアとレヴィア、G-02-sea-0003、海神の成り立ち。

察するに、本の分類番号と書名のようだ。3つ並んだ書名のうちのひとつを見つめながら、もっと詳しく、と念じれば他の2つが消えて、分類番号と書名の他に著者名と発行日が浮かび上がる。


成程、どうやらこうして本を検索すればいいようだ。

ご丁寧に板の横には検索した本の分類番号などをメモするための紙とペンまで置いてある。


「えぇ。じょうずです。そうやって検索して本を探してくださいね」


せっかくなので今検索した本を実際に本棚から取り出して借りるところまでやってみよう。

教師が教鞭を振るように人差し指をぴんと立て、司書は本棚のエリアへと足を向ける。


「こちらへ」


分類番号については本棚に案内板があるのでそれで。本の背表紙にもひとつひとつラベルが貼ってある。

それを見ながら歩けば目的の本は間違いなく見つかる。このあたりもどこにでもある図書館や図書室のシステムと変わらないだろう。


そう説明しながら司書が本棚から本を抜き取る。背表紙のラベルにはG-02-sea-0001、表紙にはナルドの海竜伝承と書かれている。

どうぞとカンナに渡し、調べたい内容に合致している本かを確かめさせる。これですとカンナが頷いたら、じゃぁ貸し出しについて教えますねとカウンターへと歩いていく。


「背表紙の裏にポケットがあるので……えぇ、それです」


そのカードに学生番号と名前、貸出日と返却期限を書き記し、カウンターへと提出すれば手続きは完了だ。これもどこにでもある図書館や図書室の以下略。


「質問とかあれば、どうぞ」

「えぇと…………質問とは少し違うんですけど」

「はい?」

「その、ここ1人でやってるんですか?」


貸し出しの一連の案内の際に感じたことだが、まさに図書館というべき広さだ。なんたって4階建てだ。

それを本当に司書ひとりでやっているのだろうか。貸し出しや返却は一人でもいいだろうが、蔵書の整理や清掃もまさか一人でやっているというのだろうか。


「えぇ」

「ど、どうやって……?」

「秘密です。……まぁ、魔法ですけど」


詳しくは省くが、物を放り込めば適切な位置に収納してくれる魔法がある。それを使って蔵書の管理をしているのだ。

そう説明する司書に頷く。まぁそうだろう。他に手段など思いつかない。


「そうなんですね。ありがとうございます。……えっと……」


ありがとうございます、と言いかけて言いよどむ。司書さんと呼ぶのも少しおかしい気がするし、名前を呼ぼうにも名前を知らない。彼女は自分を司書としか名乗っていない。


カンナの困った表情に気付いたのか、あぁ、と司書は声をあげた。


「名前ですか。ジェーン・ドゥとでも」

「じ、ジェーンさん……?」

「ドゥまでつけていただけると。ジェーン・ドゥです」

「はぁ……?」


胡乱なカンナの返答ににこりと司書改めジェーン・ドゥは微笑む。透き通った氷に反射する光のような薄青色の髪が揺れた。


「質問がなさそうなので案内はこれで。どうぞ図書館を存分に活用してくださいね」

「あ……は、はい!」

「それでは」


返却期限を守ってくださいねと最後に言い添え、司書ジェーン・ドゥはカウンターへと戻っていく。着席する頃にはもうカンナなど意識の外に置いたようでこちらを見向きもしない。


まぁ、目的の本は借りられたのだし、いいとしよう。少し釈然としないところはあるがそう思い直して本を手に図書館を出る。


――だって、ジェーン・ドゥとは『名無し』の意味だ。

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