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ナルド・リヴァイアのレポート

帰宅。匂い袋を取り出してクローゼットに忍ばせて、それから机に向き直る。

面倒な課題は早めに片付けるべし。嫌だ嫌だと後回しにしておくと余計億劫になってしまう。


まずは簡単な方から。校下町の地図と照らし合わせながら、トルビラ香草店についてを書き記していく。

店の雰囲気や販売品目諸々。日記や感想文にならないよう気をつけつつ、感じたままに綴る。最後に結びの文を書いてペンを置いた。


「よしっ」


これで地理学の課題は終わり。念のため明日読み返して違和感のあるところを加筆修正すればいいだろう。

さて次だ。神秘生物学の課題に取り掛かろう。何でもいいから神秘生物についてレポートすること。題材は何でもよく、身近なものや好きなものでいいという。


「身近なもの、ねぇ……」


というと、あれしかいない。そう思い立ったカンナはペンを取る。タイトルは『ナルド・リヴァイアについて』だ。


故郷はミーニンガルドという大都市に近い農村だった。ナルド海に面しており、潮風を避けつつ塩害に強い野菜を細々と栽培しているような村だ。

子供の足でも少し歩けばナルド海にたどり着く。白い砂浜が子供たちの遊び場だった。


***


海には大海竜がいるから気をつけなさいと親から口酸っぱく言われている。だが、親の言うことなんて聞かない子供たちは忠告など無視して海へと駆け出した。


海岸の砂浜で砂遊びをし、波打ち際に膝を浸し、きゃぁきゃぁと歓声をあげる。

幼いカンナもまたその遊びの輪に加わって波打ち際で貝を採って遊んでいた。


「ねぇ、あっちにたくさん貝があるよ!」

「ほんと!? いく!」


年長の誰かに教えてもらってそちらへ向かった。ごつごつした岩場を乗り越えた先に広がる小さな砂浜がそこにあった。

貝が細かく砕けてじゃりじゃりとした砂を踏んで夢中で貝を拾う。ひとつ拾っては提げていたポシェットに入れ、時間も忘れて貝採りを続けた。さぁポシェットがいっぱいになったので帰ろうと顔を上げた時、違和感に気付いた。


「…………あれ?」


帰り道はどこだったろうか。岩場を越えて来たのだが、どの岩を越えて来たのかわからなくなってしまった。日が傾きかけていて光の当たり方が違うせいで、来た岩場がわからない。

とりあえず登ってから確かめてみようにも、岩はカンナの腰より高く、なかなかよじ登れない。そうこうしているうちに潮が満ちてきて砂浜は浅瀬になっていく。


どうしよう。困り果てて泣きそうになる。このまま完全に潮が満ちればこの小さな砂浜は海の一部になってしまう。

ちゃぷちゃぷと足首までだった波はもう膝まできている。すぐに腰の高さになり、胸になり、肩を越えて頭まで沈めてしまうだろう。


どうやって帰ろう。帰り方がわからない。岩はよじ登れない。

そこまで考えて、そうだ、と思いつく。海を泳いで岩場を迂回して、いつもの遊び場の浜辺に戻ってこられないだろうか。


幸いにも、同年代の子供の中では一番泳ぎが上手いのだ。きっといけるだろう。

思いついたなら即実行。光の加減で真っ暗に見える海に身を浸した。


沖へ。海水を掻き分ければぐんぐんと砂浜が遠くなっていく。岩場も十分迂回できる距離が稼げたところで岸へと向かって方向転換する。ざぶざぶとしばらく泳いだところで、岸がいっこうに近くならないことに気がついた。


「どうして……?」


どうしてすぐに沖に出られたのか、どうして岸に戻れないのか。幼いカンナにはわからない。

カンナが身を任せているその海流は離岸流だ。岸から離れていく潮の流れは小さな子供の泳力では逆らえない。


必死に泳いでいるのに、岸は近くなるどころか遠ざかっていく。どうして。混乱する子供の頭では離岸流の存在に気付けない。ただ潮の流れに沿って流されていくだけだ。


「だれか……!!」


誰か助けて。波間でもがきながら必死に助けを呼ぶ。日が落ちた海に応える者は誰もいない。

カンナの小さな叫びは波の音にかき消されて消えていく。このまま波が悲鳴だけでなくカンナごと飲み込んでしまうだろう。


もう終わりだ。そう思った。その時だった。

真っ黒に見える海に淡い青が奔ったのだ。


***


それがカンナとナルド・リヴァイアとの邂逅だった。沖に現れた美しい青い鱗の竜は自らの身体で潮の流れを止め、それどころか逆流させてカンナの小さな体を岸に押し出した。カンナがしっかりと浜辺に足をつけて波打ち際から脱出するまで見送り、それからナルドの海竜は海に消えた。


つまりは、あの大海竜に命を助けられたのだ。

それだけに、ナルド・リヴァイアに関しては他のどんな神の眷属よりも一歩深く身近に感じている。レポートに記す題材としてはうってつけだ。


そう決めて、自身の溺れかけたエピソードも添えてレポートに記していく。


「えぇと、ナルド・リヴァイアとは……」


ナルド・リヴァイア。水神の眷属であり、ナルド海を守護する大海竜である。時化の具現とも言われており、気性は荒波のように荒々しい。ナルド海が荒波ばかりで航行しにくいのはナルド・リヴァイアが原因とされている。その鱗が生み出す海流がナルド海に複雑な潮の流れをもたらしているからである。


と、いうのが誰でも知っているナルド・リヴァイアの概要だ。荒くれの乱暴者。確かにそうだ。だがそればかりではないのでは、とカンナは思う。


本当にナルド・リヴァイアが荒くれの乱暴者なら、海で溺れかけた小さな子供を助けるような真似はしないのでは。自然に逆らって海流を逆流させてまで。

結論から言おう。イメージばかりが先行して本質を見失ってはないだろうか。もしそうならば撤回してあげたい。あの日、命を救われた礼に。

そうやって既存のイメージを撤廃してレッテルを剥がし、本質を露わにする。それがカンナがなりたい神秘学者の未来だ。虚飾を取り除いて真実を明らかにしたい。だからそのために高等魔法院の扉を叩いたのだ。


その意気込みは置いておいて。


「……内容が薄い気がする……」


ざっくりとまとめて書いたのだが、内容が薄い。知っているものを知っている範囲でいいと言われているものの、それにしたって内容が薄い。記した概要にはうろ覚えの部分もある。


「あ、そうだ」


明日は図書館に行ってみよう。図書館ならナルド・リヴァイアについての本くらいあるだろう。借りられていなければだが。

期待を胸にベッドに入る。明日は図書館でナルド・リヴァイアについて調べて、そのついでに何冊か本を借りて読んでみよう。


そう決めて目を閉じた。

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