トルビラ香草店
サンドイッチは美味しかった。今度レコも連れて行こう。
そう決めて喫茶店を出る。カンナが次の目的地にしたのはアルヴィナが教えてくれた香草店だ。
アルヴィナから渡された地図を頼りに道を歩く。校下町は地面の石畳の色でおおよその区画がわかる。
緑の石畳の区画を抜け、青の石畳の区画へと入る。この色の石畳の区画は何かを専門とした店ばかりが立ち並ぶ。アルヴィナが教えてくれた店もこの区画のどこかにある。
「えーっと、ここを曲がって、こっちかな……」
「ここじゃなくて次の角だぞバカ野郎」
「うるさい!」
こいつに喋らせるとだいたい罵倒される。あぁもう静かにしていろとホルダーを叩いて黙らせる。叩くなクソという文句は無視。道を教えてくれたことについては礼を言っておく。
さて。青の石畳の路地を曲がり、大通りから奥にある閑静な商店街へ。
誰もが利用する日用品店や食料品店がある緑の石畳の区画と違ってここは静かだ。行き交う人も少ない。
地図に書かれたメモの通りに歩いていく。案内板はあっても店をひとつひとつ案内してくれるわけではないのであまり頼りにならない。主要な店はともかく、需要の低い専門店ともなると。
迷わないように気をつけながら、花屋の右の角を曲がる。地図によればその先が目的地だ。
「あった……」
ここがアルヴィナが教えてくれた店だ。トルビラ香草店という。花やハーブそのものよりも、その加工品を専門としている店だ。
営業中の札がなければ経営しているのかどうか見た目でわからないくらいの静かさだ。窓ガラスにも色が入っていて中の様子が見えない。そっとドアを押してみたらゆっくりと開いた。
「……おや、一見さんだねぇ……誰かの紹介かい?」
「アルヴィナ先輩の紹介です」
「あぁ、あの子ね」
店番をしていた老婆が億劫そうにカンナを見る。アルヴィナの名前を出せば、あぁ、と億劫そうな気配が緩んだ。
「それじゃぁあの子に伝えておいてくれるかい、いつものが入荷したって」
「はい。わかりました」
「急ぐものじゃないからね。いつか会った時で構わないよ」
いつもの、とは。気になるがそれはアルヴィナにでも聞けばいいだろう。はい、と頷いて伝言を承る。
好きに店内を見ておくれと皺枯れた声に返事をして、ぐるりと店内を見回す。
壁に沿ってぎっしりと花が吊られている。乾燥中のドライフラワーだろう。値札がつけられているものは乾燥が終わって商品として売られているものだ。
棚には匂い袋やポプリの小瓶がずらりと並ぶ。自分で香りを調合できるようにか、仕切りのついた箱に乾燥した色とりどりの花びらが並んでいる。
これだけ色々な香りが一つの空間に詰まっていると匂いが混ざって何とも言い難い酷い匂いになりがちなのだが、そうなることはなく不思議と落ち着く雰囲気を保っている。
干されたドライフラワーに混じって吊るされている炭が余計な香りを吸着して除臭しているからかもしれない。
「何かおすすめとかあります?」
せっかく立ち寄ったので何か買ってみたい。買ってみたいのだが香りのことなんてさっぱりだ。
普段遣いできるようなリラックスできる香りがいいなとは思うが、ではどれだと言われると選び方を知らない。
知らないので素直に聞いてみる。曖昧な質問だったが、慣れているのか店主の老婆は気にせず応答してくれた。
「一番いい香りだと思ったものがお前さんへのおすすめだよ」
鼻で試せ、と。成程そういうものかと諒解し、改めてカンナは店内を見回す。
この棚の匂い袋をひとつずつ試してみようか。嗅ぎすぎて鼻が馬鹿になりそうな気がする。
うぅん、と唸ったカンナの鼻先に、ふと、ふわりと花の香りがした。
何とも言えない甘い香りだ。甘いがくどくなく、後に引かない。淡白で印象に残らないのではなく、嗅覚にしつこく居座らない。甘くていい匂いと思った次の瞬間には鼻から抜けていく。
これがいい。香りをたどって棚からひとつの匂い袋を取る。試しに嗅いでみて間違いないか確かめた。
「うん。これください!」
「あいよ」
代金を支払い、匂い袋を受け取る。クローゼットに入れておくと服に香りがついてちょうどよくなるよ、と教えてくれた。
ありがとうございますと重ねてお礼を言い、アルヴィナへの伝言のこともしっかりと了承する。
ついでに地理学の課題のことを伝え、この店のことを書いていいだろうかと許可ももらっておく。
「じゃぁ、ありがとうございました!」
「あいよ。まいどあり」
帰ったら忘れないうちにレポートを書いておかないと。
その前に買い出しを済ませよう。雑貨を取り扱う商店が並ぶ区画へと足を踏み入れた。




