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校下町へ

課題が出てしまった。内容は校下町を探索すること。

別に難しいことではない。校下町に向かい、行った店をまとめてくるだけ。レポートというより日記に近いかもしれない。

こんな気楽な始まりでいいのかなぁと思いつつ、週末、早速校下町に繰り出すことにした。


「わぁ……広い……」


高等魔法院の正門を出て真っ直ぐ、万が一の時のための魔法障壁を越えてしばらく歩けば校下町だ。

高等魔法院を起点に裾を広げるように切り開かれた三角州に町が作られている。高等魔法院に近いところは生徒たちが買い物に使えるように店が並び、裾の端に行くに従って民家が増えていく。


この町のつくりはきっと高等魔法院を中心にして作られている。

高等魔法院があって、そこではフォローしきれない品物を扱うために店ができ、商店街ができ、商店街を経営する人々が生活するための諸々ができた。

成程これがクロッケスが語っていた地図を知るということか。寮生活に必要な店がすぐ近くにあっていいなぁと完結するだけでなく、どうしてそういう構造になったのかを考えるのは面白い。


「えぇと、とりあえずご飯食べようかな……」


やはり案内板が多いなぁとその親切さに感謝しながら道を歩く。残念ながら今日は独りだ。レコはというと、選択履修している彫金学の課題で手が離せないそうだ。

ベルダーコーデックスは一応携帯してはいるものの、人数的には独りと変わりない。

それを寂しいと思いながら、少し早めの昼食を取ろうと目についた喫茶店に入った。


「らっしゃい! はい、メニューね! 決まったら呼んでちょうだい!」

「ありがとうございます」


恰幅のいいおかみさんが渡してくれたメニューを受け取る。高等魔法院料理長ワインバーグおすすめ、と売り文句がついているハムのサンドイッチと果実のジュースを注文する。

特に長く待つことなく、手際よく給仕されたサンドイッチプレートとジュースを受け取る。代金はこの時に支払うシステムらしく、伝票と引き換えに小銭を渡す。お釣りもなくぴったり支払えた。


「アズラのジュースなんて、珍しいな」


真っ赤な粒が無数に詰まった柘榴のようなアズラの実はヴァイス高等魔法院のある西の大陸ではなく、海を挟んだ向こうの東の大陸のものだ。とある貿易都市の名物でもある。果実は生食しても絞ってジュースにしても美味しい。

同じ東の大陸にある故郷にいた頃はよく食べたなぁ、と懐かしさを覚えながらジュースに口をつける。味は思い出のそれと少し違っていた。仕入れで船を使う都合上どうしても日数がかかってしまうから、その間の劣化を誤魔化すために砂糖を増やしているのかもしれない。


口を潤したところでサンドイッチにかぶりつく。ノンナという家畜のハムを使ったシンプルなサンドイッチだ。薄く塗られたソースと野菜が美味しい。


「んなガツガツ食ってると太るぞ」

「やかましい」


テーブルの端に置いたベルダーコーデックスが口を挟んでくる。やかましい、と言い返してサンドイッチプレートについてきたナッツの小皿を載せる。オレを物置き場にするなという抗議は無視。


「うるさいなぁ」

「そりゃ元々はお喋り相手だからなぁ?」


本人曰く、ベルダーコーデックスが作られたのは原初の時代。その時はただの喋る本だったそうな。

人語を理解し、応答する。ただそれだけの機能しかなかったという。年老いた武具職人が晩年の孤独の慰めに作った話し相手だ。


それが"大崩壊"を経て不信の時代、神の恩寵を破棄する流れで武具が棄てられた時にこうなったそうだ。

廃棄のために武具はまとめて焼かれたのだが、熱で銀が溶けたせいで接合され合金となってしまった。武具に込められた魔法式も混ざり合い、ただの会話機能しかなかったベルダーコーデックスに流し込まれた。

銀も魔法も合成された結果がこれだ。ついでに、その扱いが不満で人間不信へ。


「ったく、手のひら返しやがって……」


過去を振り返るたび、ベルダーコーデックスはそう人間を評する。ヒトは残酷だと吐き捨てる。

きっとそれは焼かれた熱と一緒に人間に棄てられた悲しみが刻まれてしまっているからだろう。昨日まで仲が良かった相手に棄てられれば誰だってそうなる。


その感情のロジックはわかるのだが、でもだからといって、とカンナは思う。

そうして棄てた人間と自分を一緒にしないでほしい。過去ひどいことをされたからといって、カンナもそうだと決めつけないでほしい。

頭ごなしに突っぱねられたらこちらも歩み寄れないじゃないか。


「信じたいモンしか信じねぇ、見たいモンしか見ねぇ……これだからヒトってのはよぉ」

「昔の人がどうだかは知らないけど、私はそうじゃないよ」


ベルダーコーデックスのことは嫌い寄りではある。だが、それはベルダーコーデックスが突っぱねてくるのでこちらも意地になっているからだ。

それがなければ、相棒として歩み寄ってやってもいいとカンナは思っている。なのにあちらが性根も性格も口も悪くて人嫌いの人間不信なせいで台無しだ。


「どうだかねぇ。テメェも同じだろ」

「なんだってぇ!?」


前言撤回。やっぱりコイツ、好きになれない!

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