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ヒトの営みを学ぶ時間

文化学とはなんぞや。まずはその説明からいこう。

自己紹介もほどほどに、文化学の担当教授であるブリュエットは黒板に図を書き出していく。


「ヴァイス高等魔法院のある西の大陸、それから東の大陸、北の大陸……あとは細かい島がこうあるでしょ~?」


描いたのはこの世界の地図だ。地図といっても大陸の輪郭線はなぞらず、適当な長方形の丸をいくつか描いただけ。大陸の配置と位置関係だけを示すためのものだ。

あまりにも適当な図だが、これから話す内容からしてこの程度の図でいい。大切なのは大陸が3つあり、大陸未満の島が3つほどあることだ。他にも細かい諸島があるが省略する。


「で、えーとぉ……この3大陸3島に住む人々の文化を学んでいこうってのが文化学だね~」


歴史学は人間のこれまでの歩みの物語を学ぶところで、文化学は人間の営みを学ぶ。

地方独特の文化や風習などを学び、必要であれば講師を招いての体験学習なども行う。


「中には自分が生まれ育ったところの風習とかあるかもしれないけど~、だからって聞き流さないでねぇ~?」


せっかく説明しているのに聞き流されたら悲しいので。

そういうわけでこの文化学で取り扱う3大陸3島の文化についてをもう少し詳しく語ろう。


「といっても、常識のことだけどねっ」


魔法院どころか通常教育、いやそれ以前に習うことだろう。この世界には3つの大陸と3つの島があるだなんてことは。

はるか昔、原初の時代にはそれぞれの地域に亜人が住んでいた。それぞれが独自の文化を持ち、独自の生活を営んでいたという。


「その6種族は今はもう、混血が進んで純血はいないけどね~」


長い年月の中で血は均され、ヒトと変わらなくなってしまった。名残として各地に風習が残っている程度。

往古のように、竜の角が生えているだの大人でも子供並みの体格だの異言語を標準語として話すだのなんて特徴はもはやない。身体的特徴はなくなり、文化的特徴も古いものとして廃れていった。


「で、その現代にも伝わっている風習や文化を学んでいこうってのが、この文化学です~」


必修科目だから絶対受けなきゃいけないんだよね、よろしくねぇ、と間延びした声でブリュエットが微笑んだ。

中には先祖から伝わる伝統だとかでその風習を知っている人もいるだろう。その時はぜひ、うちではこうだったということを教えてほしい。貴重な資料になるので。


「受講生の中に亜人が先祖のひといます~?」


はい、とカンナの隣に座っていたレコが手を挙げた。


「あら~、何族です~?」

「キロです」


キロ族は火の神を崇拝する一族だ。火の属性を最も尊いものとし、火神を崇める。

といってもレコ本人のキロ族の血は薄く、独自の風習も形だけしか知らない。そういったものを親から習う前に、親がレコの魔力の発現により死んでしまった。


「そういうものですよねぇ~。んじゃぁ、ここで学んでいってくださいねぇ」


***


それで文化学の授業はおしまい。次は地理学だ。


担当するクロッケスは塗料をぶちまけたような鮮やかな赤い髪をしている。この髪は染めたものではなく地毛だ。風神を信奉するベルベニ族は鮮やかで色とりどりの髪色をしている。その血がこのような鮮やかな髪をもたらしている。

ベルベニの血を引いていてもここまで鮮やかな髪をしているのはそういない。先祖返りだろう。そのあたりは特に自己紹介には含めず、肩までずり落ちた上着を元に戻しつつ、クロッケスがガイダンスを進めていく。


「世界地図なんて基礎教育だからやらないけど、ま、似た感じかな」


どこに何の大陸があって、どこに何の町があるかなんて基礎教育のうちなので。

そういうことはやらない。では何をするのかというと、地理から見る歴史だ。歴史学の授業はヒトの歩みにフォーカスしていたがこちらは地図や地理からみていくのがメインだ。


「"大崩壊"前の地図とかね! 興味あるでしょ!?」


"大崩壊"で世界の地図は一変したという。小さな島々は跡形もなく吹き飛んだし、大陸さえその形を変えた。古文書に残っている世界地図と現代で使われている世界地図と、地理が大きく形が違うのだ。

変化前と変化後を見比べ、そこで何が起きたのか。"大崩壊"とは何か。神々が与えていた恩寵は、消えた後は。そういったことを読み、推測して論ずる。それが地理学というもので、この授業ではその読み方を学ぶ。大地の風化具合から過去に起きた異変の正体を掴む方法を知るのだ。


「昔のことなんて若い人にはキョウミないかなぁーとは思うんだけどね! やってみると面白いんだなぁ!」


ただ漫然と地図を眺めるより、そこに思いを馳せることができるととても楽しいのだ。

そうクロッケスは語る。


「この通り、僕はベルベニでしょ? だからってワケじゃないんだけど、けっこう旅が好きでね」


風神を信奉するベルベニ族は旅を愛する気風だったという。先祖返りでその気風が継がれたのか、クロッケスは旅行を趣味としている。

適当に観光して適当に名産を食べるより、どうしてこれが名産になったのかを併せて考えるととても楽しいのだとクロッケスは続ける。


「海だから海産物が名物なんて単純な帰結でもいいけどさ、ほら、海岸線が複雑だから海流が入り乱れていろんな魚が回遊してくるんだって理解できるとめちゃくちゃ面白いじゃん?」


名物は名物だからと終わらせず、そうなった理由を知れると知識に深みが増す。その感覚がたまらなくて旅行がやめられない。

その感覚をぜひとも味わってもらいたい。なので、感覚を味わう手段を教える。


「やり方は教えるからさ、そういう感覚を味わえた時は教えてよね」


それでこそ教えた甲斐があるというものだ。

というわけで一番身近な地理から触れてみよう。このヴァイス高等魔法院で身近な地理といえば校下町だろう。


「次回までに校下町に行って、行った店とかレポートしてきて! 課題だからねぇ!」


***


どっちも簡単なガイダンスで終わってしまった。だが、冗長でつまらないガイダンスはこれでおしまい。どの授業も、これからは本格的なものになる。


「ついていけるかなぁ」

「頑張るしかないっしょ」

「まぁ、そうだけどさ」


しっかりと備えなければ。課題も出されてしまったことだし。


「レコ、地理学の課題一緒にやらない?」

「校下町行くやつ? いいよ」


ちょうど買い物もある。入学数日して、色々と買い足したいものも出てきた頃だ。

それに、アルヴィナに教えてもらった店も立ち寄りたい。そうだ、その店を地理学の課題のレポートにしてみよう。そう考えつつ、カンナはぐいと伸びをする。腕と背筋を伸ばして緩め、はぁ、と息を吐きついでに呟く。


そういえば、入学式の日に会ったあの人にまだ再会できていない。


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