神に使えし獣の扱い方
「さて、つまらない基本的なガイダンスから始めますね」
神秘生物の授業を担当するウィレミナはのんびりとした口調で言った。
焦げ茶色の髪をバンダナで束ね、エプロンをした姿はまるでペットブリーダーか何かのようだ。だが露出した腕や服の襟元から見える生傷と古傷がそうではないと伝えてくる。
「ほんっと、つまらないガイダンスばかりで飽きますよねぇ。わかります」
本当にこれが『高等』魔法院でやることだろうか。ことの始めはだいたい説明から入るとはいえ。
新入生諸君はそう思ったろう。魔法院ごとに習う内容が違っていて、その知識のすり合わせのためだとどこかで説明を受けたかもしれないが、それにしたってつまらない話ばかりだ。
「もっとこう、専門的でカッコよくて感激するようなものが見たいですよねぇ」
さすが高等魔法院だと感激したかった新入生には失望させてしまったかもしれない。きらきらと輝くような新生活のはずがこんな欠伸ばかりの退屈なガイダンスの連続だなんて。
「そして残念ながら、今回も退屈なガイダンスです」
退屈に同意しておいてなんだが、この授業もそうだ。退屈だなんだと他の授業をあげつらったのだから、さぞ専門的で格好良くて感激するような授業を見せてくれるのだろうと期待した新入生には悪いが。
だがこれは重要なことなのだ。他の授業では知識の見直しや認識のすり合わせの面が強いが、この神秘生物の授業では別の意味も持つ。
それは、この授業で扱う神秘生物が特殊だからだ。そもそも神秘生物とは、名前の通り神秘的な生物のことだ。わかりやすく言えば神の眷属やその末端をいう。犬や猫といった獣とは違う。
「ユニコーン、グリフィン、このへんはメジャーですよね。あとは"大口"ジャル・ヘディにエレメンタル……君らが聞いたことのない生き物、いや生き物じゃないものもたまにはいますけど、そういったものばかりです」
下手をすれば、否、下手をしなくても怪我をする。死ぬのだってありえる。
入学の際に書いた同意書の、授業中の死亡に関する記述はこの授業のためにあると言っても過言ではない。それくらい危険なものを相手にする。
「よって、退屈だろうがなんだろうが、聞いてもらいます」
でなければ死ぬ。聞き逃しただけ死亡する確率が高まる。
だから一言一句漏らさないように集中して聞いてもらわなければ話にならない。退屈なガイダンスだからと聞き流しているような生徒はこの時点で適正なし。別の授業を受けてもらおう。幸いにも、この神秘生物の授業は選択授業なので必修科目ではない。
「さぁて。脅したところで本題に。この授業の形態から」
最悪死ぬと言ったら生徒たちの雰囲気が一気に緊張した。いっせいに背筋を伸ばして姿勢を正す様子が面白いなぁと思いつつ、授業の進め方の説明に入ろう。
「まずは座学。これから接する神秘生物がどういうものかを説明するので、勉強してもらいます」
扱いが簡単なものから1つずつ。まずは座学で図鑑や研究論文を噛み砕きつつ、どういうものかを理解する。いきなり本物に触れさせることはしない。事前知識なしで触れれば最悪死ぬので。
「基本は座学ですねぇ。そりゃ、ユニコーンとかグリフィンとか連れてこられたらいいんですけどねぇ、無理だからねぇ」
そんな神代の生き物など、いくら世界が神に愛されているからといってそのあたりに闊歩しているものでもなし。
神秘生物の研究を続けているウィレミナだってそんな希少な神秘生物は見たことがない。
「確実に実在してるのはナルド・リヴァイアですけど……深海の大海竜なんてもっと無理ですし」
ヴァイス高等魔法院のある大陸と、その東の大陸。その間のナルド海には水神の眷属であるナルド・リヴァイアという大海竜がいる。
原初の時代から変わらずナルド海に君臨する海の王だ。神が棄てられた不信の時代ですらナルド海に居続けたという。排斥できなかった理由はかの竜が水神の眷属であると同時に、海の具現だからだ。海がそこに在りさえすれば、唾棄されようとも海の王は存在し続けられる。
それほどまでに強力で強固な存在だ。そして同時に、同じくらい凶暴でもある。
それはカンナもよく知っている。なにせ、カンナとレコと、そしてハルヴァートが学んでいたミーニンガルド魔法院はそのナルド・リヴァイアを祀る神殿があるのだから。
直接それを目にしたことはないが、海に無礼を働くなと口酸っぱく教えられた。海に唾吐けば、たちまち津波がすべてを押し流すだろうと。1を100や1000に返す過激な海竜だと。
「ま、ナルド・リヴァイアは卒業の論文のアテにでもしてくださいな。授業中にはやりません」
話が逸れた。そんなわけで、授業は基本的に座学で進める。
ある程度知識を詰め込んだところで小テストを行い、知識が身についているかどうかを見る。
「勉強が座学だからってテストは筆記じゃないですよ。実践です」
「え」
動揺が生徒側から漏れた。下手をすれば死ぬと言ったばかりのその口でそれを言うなんて。
実践というのは間違いなく、神秘生物と実際に触れ合わせる気だ。学んだ内容が身についていれば死なない、身についていなければ死ぬ。
「あの、先生」
「はぁい?」
「触れ合わせるってどうやって……?」
神秘生物は連れてこられないと言ったのに。どうやって直接触れ合わせるというのだろう。
生徒の質問に、鋭いですねぇ、とウィレミナは口笛を吹く。
「えぇ。校内に神秘生物は連れてこられません。……校内には、ね」
なので、いる場所に行く。といっても前人未到の秘境の探索に繰り出すわけではない。
その疑問を解決するのがこれだ。じゃらりとウィレミナが腰のストラップを取り出す。長方形の薄いプレートがいくつも連なって鍵束のようになっている。どのプレートも鍵のように先端が複雑に凹凸している。
「"修練の門"。まぁ異次元です。そこに先生が飼ってる神秘生物ちゃんがいるので、それと触れ合ってもらいます」
じゃらじゃらと連なる鍵束のようなこれも武具だ。修練の門という。この銀のプレートは異次元につながる扉を開ける効果を持つ。その名の通り本来は武具を用いた修行や手合わせのために使うものだが、ウィレミナはそれを神秘生物を飼うフィールドとして使っている。
ひとつひとつがそれぞれ違う神秘生物の生息場所につながっており、このプレートを鍵にしてそこに向かう。
「ある程度人には慣れているので大丈夫ですよ。まぁ、機嫌を損ねると殺しにきますが」
まるっきり野生のものと触れ合うよりは安心だろう。だからといって温厚でもなんでもないのだが。
ウィレミナの体中の傷は飼っているそれらからの傷だ。飼い主として世話をしているウィレミナでさえ生傷が絶えないのだから、その気性の荒さは推して知るべし。
「と、いうことで。次回からそういう流れでやっていきますね」
ついでに課題です。好きな神秘生物の概要をまとめて次回までに提出すること。
ちなみに次回は明後日だ。さぁ頑張ってね、とウィレミナがにっこりと微笑んで言い放った。




