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後日、反省してください

今日の授業は3コマだ。神秘生物学と文化学と地理学。

その後はどうしようかなと考えながら教室へと向かう。新入生向けに案内板が多くて助かる。おかげで迷子にならずに済みそうだ。


「あ、アルヴィナ先輩」

「ごきげんよう」


椅子とテーブルが並ぶ休憩スペースにアルヴィナが行儀よく座っているのを見つけ、声をかける。カンナの声に反応してアルヴィナがノートから顔を上げた。


目線が合って、はたと気付く。昨日までと何かが違う気がする。


「……もしかして、アイメイク変えました?」


化粧が昨日までと違う気がする。目元のアイメイクがやや濃いような。

気のせいと片付けられそうな微妙な差だが、おそらく昨日までと違うと感じる違和感の正体はこれだろう。


「えぇ。校下町で買ったの。ペルフェクトの新作よ」

「やっぱり! 似合ってますよ!」


校下町というのは高等魔法院の敷地に隣接する小さな町だ。城下町の学校版といえばわかりやすい。

日用品や学用品といったものは高等魔法院内の購買で揃うが、それ以外のものは校下町まで買いに出る必要がある。もちろん校下町での買い物に必要な金は学費同様、自分で用意しなければならない。


「貴女もそろそろ必要なものを買い足したいんじゃない? 週末にでも案内しましょうか?」

「え、いいんですか!?」

「あれ。カンナちゃん?」


割り込んできた声に振り返る。やぁ、と朗らかに片手を挙げるハルヴァートがそこに立っていた。

成程。ここで待ち合わせをしていたのか。休憩スペースを使って勉強会か何かだろう。


「アル、ここに来る途中にいいものを見つけたんだ。これなんだけど」


ほら、と持っていたものを渡す。購買で配っていたチラシだ。

校下町の店のセール情報がまとめて書かれた紙からある店の場所を指す。


「ここなんだけど。週末に行ってみないか?」

「あら……えっと…………」


今しがたカンナに週末の誘いを出したばかりだ。なんて間の悪い。


「あ、じゃぁ私はまた今度でいいですよ」


これはいわゆるデートのお誘いというやつだ。さすがにそこの空気は読める。

どうぞ2人で、と遠慮を見せるカンナに、そんな、とアルヴィナが言い縋る。


「私が言い出したのに……ごめんなさい」

「いえいえ!」


まだ提案で約束を結んだわけではない。これくらいのすれ違いは気にしない。


「じゃぁ、私はそろそろ授業に行かないとなので……これで!」

「えぇ。……そうだわ、埋め合わせに」


一緒に校下町へ行ってみないかと提案したのに一瞬でふいにした詫びだ。

ハルヴァートからチラシを受け取り、折り畳まれた部分を開く。新入生向けに校下町のおおよその地図が印刷されていた。

そのうちの一点、大通りから少し離れた場所にペンで丸を描く。わかりやすいようにどこで曲がるかの道も目印をつけておく。


「ここのね、お店がとてもいいの。花は好きかしら? ポプリとかドライフラワーとか」


生花ではなく、花を加工したものを専門に扱っている店だ。ドライフラワーを使った小物や匂い袋、花や植物由来の香水も売っている。

薬草類を専攻するアルヴィナらしい店のチョイスだ。


「私もよく行ってますの。だからどうかしらと思って」

「ありがとうございます。今度行ってみますね!」

「えぇ。引き止めてごめんなさい。遅刻しないようにね」

「はい!」


それでは、と一礼して立ち去るカンナを2人で手を振って見送る。その背中が見えなくなった頃、はぁ、とハルヴァートが息を吐いた。


「俺のお誘い無視して話を進めないでほしいなぁ」

「ごめんなさい。行くのはもちろんよ。でもお詫びをしないといけなかったから」


決して無視しているわけではないのだ。ごめんなさい、と重ねて詫びた。


「俺はアルの律儀なところ好きだけどね。……それで、昨日のことなんだけど」

「……っ!!」


昨日。その言葉でびくりと肩を跳ねさせて顔色を変えるアルヴィナへ、にこりと温和な笑顔を崩さずにハルヴァートが続ける。


「昨日の、ちゃんと受け取った?」

「ぁ……え、えぇ…………」

「うん、それならよかった。カマリに届けさせた甲斐があったよ」


カマリエラ・オートマトンに運ばせたものは手違いでもないし、与えた命令も間違いではない。

もちろんハルヴァートはアルヴィナの今日の化粧が濃い理由を見抜いている。すべて織り込み済みで話を進めていく。


「あれはアルが俺の言いつけを破ったんだから仕方ないよな?」

「……そ、そうね。私が悪かったわ、ごめんなさい」

「はは、今日のアルは謝ってばかりだなぁ」


そんなところも可愛いよ。愛しさが募って頬に軽く口付ける。見ていた女生徒がきゃぁと声をあげるのが聞こえた。


「ちょ、ちょっと、人前で……」

「頬くらいで文句言うなよ。いいだろ?」


何なら唇でも構わないし、それを人前で見せつけることにも躊躇しない。愛するものを愛でて何が悪い。言い切り、有言実行するように抱き寄せた。

観客に見せつけるようにアルヴィナの顎を持ち上げる。まさかまさかと女生徒が期待の目を向けてくる。そちらに一瞬目を向けてから、アルヴィナのとの距離をゼロにする。


「するわけないだろ、人前で」


接触する。その瞬間に頬に逸れ、離れる。観客に悪戯成功とばかりに笑い、アルヴィナを解放した。

まさか人前で堂々接吻すると思ったか。残念、そこまで飢えてはいない。アルヴィナが可愛らしかったのと野暮な観客が見ていたので意趣返しだ。


「じゃ、課題やろうか」


本来の目的はそれなのだし。さて、と勉強用具を机に広げる。


「寮が男女行き来できればいいんだけど。昼だけでもさ」

「そうね」


男女の行き来が自由であれば、こうして休憩スペースを占領しなくても済んだものを。

お互いの部屋に行って勉強会とか憧れるシチュエーションだよなと呟くハルヴァートに返事を返しつつ、アルヴィナは鼓膜にこびりつく声を反芻する。先程抱き寄せられた際に囁かれた一言は鼓膜から染み渡って思考に君臨する。


次の指示は追って話す。


きちんとやらなくちゃ。じゃないと、また。



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