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白き自動人形

これ以上の言い合いは不毛、もういい黙っていろとベルダーコーデックスをホルダーに突っ込んでおとなしくさせ、はぁ、と溜息ひとつ吐いて立ち上がる。

こんなことをしている場合ではない。そういえばやることがあるのだった。


よっこいしょとベンチから立ち上がり、頭の中の空間認識と案内板を頼りに目的地へ歩き出す。

森の中の散策路をなぞって校舎のほうへ。校舎を横切って寮の方へと向かう。男女の寮のちょうど中間には3階建ての小さな建物がある。目的地はそこだ。


その建物には目的地以外にも、日用品や学用品を扱う店もある。目的を果たした後に見に行こう。

そう考えつつ足を動かす。目的の建物はすぐそこだ。


「……あ」


ふと、あるものを見つけて立ち止まった。カンナの視線の先、そこには男子寮と女子寮を区切る高い生け垣を横切る人物がいた。

肌も髪も真っ白で、服さえも白。首や服の布地の影、そして灰色の瞳しか色がない。それ以外の色素を脱落させたような女性だ。背筋を真っ直ぐ伸ばし、まるでメイドがトレーを持つかのように何かを運んでいる。抱えられているのは同じく真っ白な化粧箱だ。


「あれは……ハル先輩の……?」


見覚えがある。あれは確か、ハルヴァートのものだ。

魔法院の頃、ハルヴァートが武具を使用したところを見た時に見たものだ。ハルヴァートが首にかけた多重巻きの革紐のチョーカーに魔力を込め、呼び出したのがあの真っ白な侍女のような女性だ。

名前は確か、とカンナが思考を走らせたところで、ねぇあれって、と噂をする女生徒の声が聞こえた。


「ねぇあれってハルヴァートのカマリエラだよね」

「またプレゼント運んでる、見せつけてくれちゃってまぁ……」

「この前も贈ってなかった? こまめにプレゼントくれるなんて、アルヴィナも愛されてるわよねぇー」


まったく熱々のカップルめ。そう言う彼女たちの横を真っ白な侍女が通り過ぎる。


そう、あれはハルヴァートの武具。カマリエラ・オートマトン。全身真っ白の侍女を呼び出す武具によって召喚された召喚物だ。

自動で動く人形で、ベルダーコーデックスのように自我や人格があるわけではない。ただ主人であるハルヴァートの命令を忠実に聞く自動人形だ。

さっきの話を聞くに、その自動人形がどうやらハルヴァートからアルヴィナへのプレゼントを運搬しているようだ。しかも贈り物の頻度は割と高いらしい。

おそらく、女子寮に男は立ち入れないからその代わりだろう。自動人形なら性別は問われないし、見た目も女性なので問題にならない。部屋に贈り物を届けるくらいなら許されているのだろう。


「…………見せつけられたなぁ」


おのれお似合いカップルめ。割り込む余地もない。しかしこの恋心は過去にするには早すぎる。何ともできない苦い気持ちを溜息にして、目的を果たしに行くことにした。

もう目的地の建物は目の前だ。中に入り、正面の購買を横切って奥へ。喫茶兼休憩室を通り過ぎ、その奥の部屋へと進んだ。ここがカンナの目的地だ。


「はい、いらっしゃい」


ドアを開ければ待合スペースがそこにある。ドア横で番号札を受け取って待合スペースのソファで待てば、いずれ番号が呼ばれる。番号が呼ばれたらカウンターへ。

その流れに沿ってカンナもカウンターへと向かう。カウンターは衝立で区切られ、1対1で対話できるようになっている。案内されたカウンターで待っていれば、やがて分厚いファイルを携えた職員が来る。


「どうも。今回の担当のフィンドルです」

「よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げる。お互いに会釈し合ったところで本題だ。


「今日はどんな職をお探しで?」


そう。カンナがここに来た目的は働き口の斡旋だ。


高等魔法院は魔法院と違い、学費を自分で支払わねばならない。

魔法院は魔力に目覚めた者が必ず通う義務があるので税金で完全に賄われている。だが進路を選ぶ自由がある高等魔法院は学費の支払いが必要になる。

自分でこの道を行くと決めたのだから、その道は自分で作らねばならない。だから払うものは払えというわけだ。

もし両親の遺産や仕送りがあるならそれで構わない。だが天涯孤独の者はこうして働くことが必要となる。その働き口を斡旋してくれるのがこの求人相談窓口だ。


「どんな仕事がしたいですか?」

「えぇと…………」


***


あぁ、来る。来る。来る。あの時間が来る。


足音もなく進んでくる気配がする。勝手知ったるように合鍵で扉を開けて入ってくる。

カーペットを踏んで歩いてくる。球体関節が擦れて動く音がする。全身真っ白の悪夢がやってくる。


持っていた化粧箱が開かれる。そこにある鎖、枷、轡。


「ぁ………………」


やめてと叫んでも聞いてはくれない。これは主人の命令以外受け付けない。

やめてと叫んでも聞こえない。寮の壁は厚く、呻き声くらいなら遮断する。喉を裂くような絶叫ならば届くが、それは轡で封じられる。だからやめてと叫べない。叫ぶことができない。


「ひ……っぃ……!!」


何より、心に刻まれた恐怖が喉で声を絞め上げてしまう。少しでも声を出せばどうなるかを体に刻み込まれている。

だから何も言えない。言うことができない。言ったらどうなるか。今度こそ殺されてしまうかもしれない。


素直に従えば早く終わるという学習性無力感に沿って無抵抗で枷に繋がれる。轡を嵌められ、鎖を引っ張られる。

真っ白な侍女は淡々と工程を進めていく。人形は自律しない。ただ与えられた命令に従うのみだ。つまりこれは意図ある悪意。


――誰か、助けて。


ひゅ、と鞭が振り上げられた。

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