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真実の書

面談の場に指定されたのは校舎の南、運動場の一角だった。そこに腕を組んで立っている厳つい男性が今回の面談を担当するスヴェン先生だ。短く刈り上げた白銀の髪と右目を縦断する古傷が特徴だ。

面談を担当する先生は見ればすぐにわかる、と言われた理由がわかった。成程これはいかにもな武人だ。


「時間通りだな」

「はい! よろしくお願いします、スヴェン先生」

「あぁ。それと教官と呼んでもらおうか」

「わかりました、スヴェン教官」


ではまずは前置きだ。事前のガイダンスで説明された通り、面談の内容は実戦形式での武具の情報開示。必要ならばスヴェンとの手合わせも可。

その目的は、生徒がどのような能力の武具を持っているかを教師側がある程度把握すること。


「何かあった時に、教師が何も知りませんじゃ話にならんからな」


武具は千差万別。その能力は術者ごとに違うといっていい。一口に武器に変じるといっても剣になるものもあるし槍になるものもある。単なる刃でなく火をまとった剣もあるし切り口が凍る剣もある。多種多様、十人十色、千差万別だ。似たようなものはあってもまったく同じものはないだろう。


それぞれ能力が違えば使い方も違う。その使い方自体は魔法院で学んだだろう。その結果を見せてみろ。それがこの面談の目的だ。


「わかりました。……ベルダー」

「おうよ」


仕方ねぇが使われてやろう。そう言いたげにベルダーコーデックスが返事をした。

いつもなら素直に使われてはやらないが、この面談の必要性は理解しているので大人しく従おう。こういう面倒なものはさっさと終わらせるに限るのだ。


腰に提げたホルダーからベルダーコーデックスを取り出す。一抱えほどもある図鑑のような大きな本をしっかりと抱え、そしてカンナは視線をあたりに走らせる。

ふと、足元に一握りくらいの小石が転がっていることに気がついた。ちょうどいい。これを使わせてもらおう。ひょいと拾って右手で握る。左手にベルダーコーデックスを、右手に小石を握ってから武具起動の詠唱を始めた。


「――解読開始」


真実の書よ、その力を示せ。詠唱に沿って魔力が風となって吹く。風に煽られてベルダーコーデックスの表紙が開いてページがめくれていく。


ぱらぱらとめくれていくページはやがて止まり、ひとつの項目を示す。

砂岩。砂粒が固結した堆積岩。主成分鉱物は石英、白雲母。そう記述されたページが開かれる。


「解読完了」


これでお前の底は見えた。


ベルダーコーデックスの能力。それは物事の本質を見破り、術者に正解を教えるもの。不明なものを判明させ、未知を既知にする。故に『真実の書』だ。


だがそれだけではない。ベルダーコーデックスの本領はここからだ。


「改変開始」


本領はここから。対象の『真実』を見抜いた後、それを()()()()


***


真実というものは、観測者の視点によって変わるものだ。

自身の能力を開示したその日、ベルダーコーデックスはカンナにそう言った。


「例えば、だ。ここに重病者がいたとする」


その病人はとんでもない薬嫌いで薬を飲まない。だが薬を飲まなければ治らない。

そこで、病人の友人は嘘を吐いて粉薬を粉砂糖と偽った。


「そいつを嘘つきだと言うかい、それとも友人思いのイイヤツだと言うかい?」


どちらも真だろう。嘘を吐いたことも事実だし、病人を思っての動機だというのも事実だ。

嘘を吐いてまで嫌いなものを食わせようとする非道な人間という見方もできるし、薬を飲ませて病人を治そうとする親切な人間だという見方もできる。


そのように、真実というものは観測者の視点によって変わる。それをひとつの結論に断じるのが自身の能力だ。

まず第一段階として物事の本質を読み取る。例に出した病人と友人の例ならば、その事情を解読する。

そして第二段階が真実の決定だ。読んだ結果を術者がどう受け取ったかで事実を決定する。病人と友人の例ならば、事情を踏まえて友人を嘘つきの非道だと結論づけるか親切な人間だと結論づけるか。

結論が決まれば後はその決定に沿って真実を改変する。嘘つきだと断じたのであれば、薬嫌いではあるが必要ならばきちんと服用する気はあったのにそれを無視して強引に物事を押し進める人間だと友人の人柄を書き換える。病人を思う労りの心はあったが、それは主な理由ではないと作り変える。

レッテルを貼るのではない。レッテルは表層だけの話だが、ベルダーコーデックスの改変は根から変える。『そう』と断ずればそれまでがどうであっても『そう』なる。


事実がどうであっても術者がこうだと判ずれば真実を改変する。改変できてしまう。

それがベルダーコーデックス(真実の書)だ。


***


であるならば、この小石を別のものに変えることも可能なのだ。


握り締めたせいで、小石は外から観測することはできない。であれば、握っているこれが小石であるとどうして言えよう。もしかしたら握る直前、手品のように別のものにすり替えていたかもしれない。


小石であることは第一段階で読み取れた。だが、その結果に『別のものにすり替えていたかもしれない』可能性を混ぜてノイズにする。こうなれば読み取った真実は濁ってわからなくなる。

そこで新たな解釈を加える。すり替えて握ったものは飴玉かもしれないしガラス玉かもしれない。


ガラス玉にしよう。そう決めて、第二段階の工程を走らせる。()()()()()()()()()()()()()()()


「…………工程完了」


そうして手を開く。そこには、丸く透明なガラス玉があった。


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