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花は語る。騙る人間の存在を

「あるだろ、心当たりがよぉ。毒スグリを食わせかけたバカな間抜けってさぁ」

「ベルダー!」


今までホルダーの中で沈黙を守っていたベルダーコーデックスが嘲笑混じりに口を開いた。

カンナの腰に吊り下げたホルダーの中でにたにたと笑う。


悪意に注意。訳すなら、美味しい果実に見せかけた毒スグリの悪意に注意しろ、果実と毒を間違えるなこの間抜けと言いたいのではないか。

最後の5文字を強調しながら、ホルダーの中でベルダーコーデックスはカンナを見上げる。といってもハードカバーの本の表紙に顔はないのであくまで雰囲気だが。


「な、ぁ、うるさい!」

「ははっ、図星だろ間抜けェ!」

「あらあら。おしゃべりな相棒さんね」


せっかくだ。話に混ざりにおいでなさい。リグラヴェーダの手招きに渋々カンナがベルダーコーデックスを机にあげる。ホルダーは本の上部と下部をそれぞれベルトで巻き、腰のベルトに吊り下げる形だ。腰のベルトに接続されているナスカンを外し、会話の輪に入れるように自身とリグラヴェーダの間に置いた。


「はじめまして。おしゃべりな相棒さん」

「おう」


自我を持ち、喋る武具というのは珍しい。だがリグラヴェーダは大して驚かず、にこりと微笑んでベルダーコーデックスに会釈した。ベルダーコーデックスもまた片手を挙げて応えるように表紙をぱたりと一度開閉した。


「せっかく混じってもらったところ悪いけど、貴方のその推理は外れでしょうね」


と、いうのも。ボースハイトの花言葉の『注意』には未来への警告というニュアンスが含まれている。

ボースハイトの花はこれから起きる何かへの警告であり、その何かというのが『アヴィの花(悪意)』だ。

『悪意』というのも人が人に向ける感情だ。つまり訳すなら、誰かがカンナに害をなそうとしており、差出人はそれを警告しているのだ。


「真実の書にしては見通しが甘いわね」

「読まなきゃそんなモンだよ」


ベルダーコーデックスが不服そうに表紙を開閉して抗議する。リグラヴェーダはあらあらと苦笑するだけだった。

で、だ。花の意味がわかったところで、問題はその心当たりだ。害をなそうとしている人物の心当たりと、警告を寄越す人物の心当たりと。


「誰かから恨みを買ってるとかは?」

「えぇ? カンナが恨みを買うとか想像できないんだけど……」


魔法院からの短い付き合いだが、友人として見ていてわかる。それはない、とレコが口を挟む。

カンナの性格を説明しようとしたら、第一に根がいいだのお人好しだの浮かんでくるような人物像だ。それで恨みを買うだなんてありえない。根がいい善人を恨む人間はそうそういない。


「私もないです。ベルダーはどうか知らないけど」

「あぁ!?」


声を荒げるベルダーコーデックスに、だってそうじゃん、と答える。この性根と性格と口が悪い本がどこかで暴言を吐いて怒りを買うのはとてもありえる。魔法院でもそんなシチュエーションが何回かあった。


そうは言うが、けれどその可能性も低いだろうと同時に思う。ミーニンガルド魔法院からヴァイス高等魔法院に進学した人間はカンナと、それについてきたレコだけだ。あとはハルヴァートくらい。魔法院の同級生はみんな近場のコーラカル高等魔法院に進学してしまった。

魔法院時代にベルダーコーデックスに暴言を吐かれて恨む人間がいたとしてもここにいるわけがない。そして入学3日目の今日、初めてベルダーコーデックスを校舎内に持ち込んだし、それもホルダーの中で大人しく静かにさせていた。暴言を吐いて誰かの怒りを買う隙がない。


だからまったく心当たりがない。


「読めば一発だぜ?」

「だめ。手がかりがなさすぎる」

「無いのは手がかりじゃなくてテメェの根性だろうが」

「なによぉ!」


いちいち突っかかることを言う。くわりと牙を剥く勢いで言い返すが、ベルダーコーデックスは笑うように表紙を開け閉めするだけだった。


「あらあら。使い方は知ってても仲が悪いのね」

「好きになれないに決まってますよ。こんなの」

「そりゃこっちのセリフだ」


視線をやればレコも肩を竦めていた。いつものことなのでリグラヴェーダ先生はあまり気にせず、と言いたげな雰囲気だ。

ふふ、とリグラヴェーダが笑う。喧嘩するほど何とやら、という段階だろう。


「卒業する頃にはきちんと背中を預け合う相棒になってるわよ、安心しなさい」

「こいつと!?」

「冗談じゃねぇ!」


嫌悪感の揃いっぷりに思わず吹き出しそうになる。うんうん、やっぱり喧嘩するほど何とやらだ。

この様子だと魔法院では基本的な使い方しか学んでいないだろう。本の側も、仕方ないから自身の使い方を開示した。

だがそこまでだ。『使える』と『使いこなせる』は違う。『使える』を『使いこなせる』に変えるのが高等魔法院だ。そうなる頃にはきっと、背中を預け合える相棒になっているだろう。


――それこそ、揺らぎない真実を書き換えられるほどに。


それとも()()()()()()()()だろうか。


***


「リグラヴェーダ先生、ありがとうございました」


そのままの流れで昼食までいただいてしまった。たっぷりとジャムが塗られたパンは美味しかった。何の果実かわからなかったが、アプリコットに似た味のジャムはきっとこの温室で育てられているものだろう。


「いいえ。またおいでなさいね」


その時はアルヴィナも交えて茶にしよう。にこりと微笑むリグラヴェーダにはいと頷く。


「とっておきのお菓子を持っていきますね!」

「えぇ。楽しみにしているわ」


そろそろ午後の授業でしょう。行ってらっしゃい。

手を振るリグラヴェーダに見送られ、次の授業の目的地へ。授業というよりは面談のようなものだ。その内容は武具を用いた実践訓練。生徒がどんな武具を持っているかを教師陣としてある程度把握しておきたいという目的のものだという。

その面談の時間がもうすぐだ。一方レコは別の選択授業の時間だ。じゃぁねと別れて、歩き始めてはたと気付く。


「…………あれ? 私もベルダーも、そんなこと言ってないよね?」


ベルダーコーデックスが真実を見通す本だということはリグラヴェーダには言ってないのに。

なぜ真実の書という名を知っていたのだろう。首を傾げて、まぁいいかと疑問を撤回する。教師なのだから武具には詳しいのだろう。そう思い直すことにした。


「さて、っと。急がなくちゃ!」

「おう遅刻すんなよノロマ」

「うるさい!」

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