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美しき花の示唆

「こんにちは、アルヴィナ先輩」

「先輩こんにちは」

「ごきげんよう」


何しているんですか、とカンナが聞くとアルヴィナは草木の手入れだと答えた。この庭園は一見観葉植物ばかりかと見せかけて、実は薬になるものや健康維持の役に立つものばかりを取り揃えてあるのだという。

アルヴィナが今抱えて運ぼうとしている植木鉢もだ。5枚の花弁が大の字に広がる白い花は毒に反応して散る。はるか昔の一部地域ではこの花の特性を利用して食事に毒が混ぜられていないか確かめたそうだ。


「そこの生け垣は百葉ですし、あの花壇は癒やし根の花ですわ」

「どっちも薬なんです?」

「えぇ」


そしてアルヴィナはその手入れを手伝っているのだという。曰く、彼女は医師の家系で、薬草類の勉強をするために高等魔法院に進学したのだという。研究のテーマは武具を用いた薬草の有効利用法。


「そうなんですね」

「えぇ。そうなの。ほら、傷を癒やす武具はないでしょう?」


植物を高速で育成して薬草を生やすもの、他者に移し替えることで擬似的に癒やすものはあれど、傷や病そのものを回復させる武具はない。何千年前の原初の時代から未だそのような武具は発見されていない。

そのくせ武具は人を傷つけるものばかりだ。武器に変じるものも火や氷を呼び起こすものも獣を使役するものも、どれも等しく他者を傷つける。

だからこそ、傷や病の治療というものは重要だ。それがアルヴィナが両親から聞かされてきた教えだ。


「ここで学ぶことが少しでも医療の発展になれば……そう思いますの」

「アルヴィナ、いつまで世間話をしているの?」

「あら、リグラヴェーダ先生」


白に近い銀髪のたおやかな女性が温室の扉から顔を覗かせている。アルヴィナの口ぶりからして教師陣の一人だろう。そう判断して、こんにちは、とカンナも会釈する。レコもそれに倣った。


「どうも。……さ、アルヴィナ。早くその鉢を移してらっしゃい」

「はい。それじゃぁごめんなさい、先に失礼しますわね」

「はい! 邪魔してすみませんでした」

「いいえ。それじゃぁあとは先生方とごゆっくり」


金の縁取りのリボンを揺らしてアルヴィナが一礼して踵を返す。つかつかと靴音を立てて庭園の奥の方へ消えていった。あちらに植木作業の作業台があるのだそう。


「立ち話も何ね。おいでなさい」

「お邪魔します」

「お邪魔しまぁす」


おいで、と温室の中へと招かれる。招かれるままに温室に入った。気温の調節のため締め切られているが中は暑くも寒くもない。外気と変わらない心地の良い春の気温だ。

温室の中はどこも植物でいっぱいだった。壁に沿って長く伸びている花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。温室の中心には3段のテーブルが据えてあり、カンナの身長よりも高い最上段からシダのような葉が垂れ下がっている。初めて見る植物だが、きっと庭園のように薬草類なのだろう。


「さて、と。改めて自己紹介しておくわね」


温室の一角に据えられた木製のテーブルにつき、銀髪の美しい教師は改めて自己紹介を述べた。


「リグラヴェーダよ。担当教科は薬学、ご覧の通りね」


薬に限らず薬草類も管轄だ。そのせいで敷地内の庭園や森も管理している。

本来の役目は自習や資料に使う図書室の管理なのに、と溜息を吐きつつ、この役目は満更でもない。


「もし院内で、草木のことに困ったら聞きに来て頂戴。答えられるものは答えるわ」

「わかりまし……あ!」


わかりました、と答えかけ、そうだ、と思いつく。

困ったことではないが、聞きたいことがある。植物に詳しいというならきっと回答がもらえるだろう。

そうしてカンナは昨晩、ひっそりと窓辺に置かれた差出人不明の花についてリグラヴェーダに説明した。


あれはきっと、新入生に向けた上級生のサプライズだろう。

花と聞いて思いつくのは花言葉だ。だから花の名前がわかればそれに込められたメッセージもわかるのではないだろうか。


「こういう……ピンク色の花と、青色の花なんですけど……」

「待ってカンナ、うちにそんな花届いてないよ?」

「え?」


レコ曰く。カンナのように窓辺に花が届いてない。寮が違うからかもしれないが、とにかくそんな出来事はなかった。

おかしくない、と語るレコはさらなる疑問を口にする。もしそれがカンナの所属する寮だけのサプライズだとして、それを他の生徒が口にしていないのはどうしてだろう。そんな話聞いたこともない。


「私にだけ……ってこと?」

「そうなんじゃない? だって、他の誰もそんなこと言ってないよ?」

「誰かから、貴女に宛てたメッセージかもしれないわね」

「私に?」


口を挟んだリグラヴェーダが、えぇ、と頷く。

もし予想が当たっているならそうだろう。説明するより現物を見たほうが早い。そう言って、リグラヴェーダはテーブルのそばの棚から本を取り出す。植物図鑑を開き、該当するページを見せる。


「貴女が言っているのはこの花と……この花でなくて?」

「あ……そうですこれです!」


リグラヴェーダが見せたページに記載されている絵は間違いなくあの窓辺の花だ。ピンク色の花をアヴィといい、青い花をボースハイトというそうだ。


花の名前を答え合わせしたところで、推理を話すとしよう。リグラヴェーダが続ける。


「この2つの花言葉はね、注意と悪意なのよ」


アヴィの花言葉は注意、ボースハイトの花言葉は悪意。それが2輪結ばれていたということは、メッセージを読み解くと『悪意に注意』という警告だろう。

そんな内容、上級生が新入生に贈るサプライズにはふさわしくない。だからカンナをターゲットにした個人宛のメッセージで間違いない。


「悪意……?」

「あるだろ、心当たりがよぉ」


今までホルダーの中で沈黙を守っていたベルダーコーデックスが嘲笑混じりに口を開いた。



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