君がそこにいる意味を知るために
神秘学のリンデロート先生はまるで夜を連れてきたかのように寡黙だった。
「君たちはそれぞれ武具を持って入学してきたよね?」
魔力を発現した人間の将来はほぼ決まっている。まずは魔力覚醒によって孤児となった子供は保護され、魔法院併設の孤児院に送られる。十分なメンタルケアを受け、春になればそのまま魔法院へ入学する。そこで5年間学び、卒業する。
卒業してからの進路は3つ。高等魔法院に進学してより魔法の習熟を目指すか、魔女殺しに乗り出すか、それとも魔法院が斡旋する職につくか。
何にしろ、魔力持ちの人間は魔法院卒業時には必ず武具を持っている。それはカンナのように魔力の発現時に接触して以降所持しているものかもしれないし、レコのように魔法院に収蔵されている武具に適性があって贈与されたものかもしれない。
運命論だが必ずそうなっている。どういう因果か、『魔法院卒業時には必ず何らかの武具を所持している』状態となる。適性のある武具に出会わないまま卒業など、絶対にない。
それは神が与えた祝福のひとつである、とリンデロートは説く。
「君たちが生まれる時、神々が魔力を与えて祝福する。その時に君の相棒を見繕ってくれるんだ」
これから生まれる無垢な魂に神が祝福を与え、魔力の素質を持たせる。その際に、こいつはこれとペアにしよう、と相棒となる武具を世に放つ。それは先祖から伝わる宝という形かもしれないし、旅先で見つけたアンティークという形かもしれないし、魔法院での検査からの選定という形かもしれない。
どうなるかが生まれた時点ですでに決まっている。どんな武具に適性があり、どんな出会い方をするのかがすでに神々によって設定されている。
「……と、いうのが神秘学でいう神与説だ。主力の説だね」
その説が真ならば、なぜ神は自分にこの武具を与えたのだろうと理由を問いたくなるだろう。
説くリンデロートの言葉に、うんうんとカンナは神妙に頷く。その説の通り、神々によって相棒となる武具が設定されたのなら、あの口も性根も性格も悪いベルダーコーデックスがどうして自分の相棒として選ばれたのか。もっとこう、優しくて丁寧で従者然としたものがよかった。
そもそも武具に人格が宿っている方が特殊なのだ。言ってしまえば、武具は魔法を起動する装置だ。機械がどうして喋るのか。喋る武具などレア中のレアだ。世界にとって希少な武具の中でもさらに希少。
神々はどうしてこんな喋る武具などカンナにあてがったのだろう。他の皆のように、物言わぬ銀ではだめだったのか。
「武具は神が与えたものだ。だから、神を理解することでそれを掴めると思う」
リンデロートは答えを与えることはできない。
人によって武具は千差万別だ。武器に変じるものもあれば火を起こすものもあれば神の時代に生きる幻想生物を呼び出すものもある。
そんな千差万別の武具に出会う方法も様々。先祖代々の宝であったり旅先で出会ったアンティークであったり魔法院での検査と選定の結果あてがわれたものであったり。
無数のパターンを網羅し、そこに意味を解釈して答えることなどできない。だが、知識を与えることはできる。
「その知識からヒントを得て、自身の意味を知ってほしい。何のために力が与えられたのか。何のために神は君たちに祝福を与えたのか。その手伝いをしよう」
人生の道程がここに至った意味を、神への理解によって深めてほしい。
そう締めくくり、さて、と原稿が置かれた紙を置く。
「では本日はここまで、解散」
「え」
思わず動揺の声が生徒側から漏れた。授業時間は2時間もあるのに、たった10分か15分くらいの挨拶で終わってしまった。ここから神秘学とは何かの専門的な話が始まるかと思ったら。
「2時間きっちりやらないといけないルールはないし……。君らも新生活で色々と忙しいでしょ?」
落ち着きのある、というよりは面倒そうな眠そうな声で言う。地の底に這いそうなくらいテンションが低い。新入生たちが胸に抱える心躍る新生活への期待と展望とは対照的だ。
「と、いうわけで。解散。自由時間だよ」
これからの授業や神秘学について質問があれば個別に。そう言い残して挨拶文の原稿を持って壇上を立ち去る。
リンデロートが去ったことで生徒たちも席を立ち上がる。リンデロートが言う通り、確かに新生活で色々と忙しいのは事実だ。荷物の整理や細々とした物の買い出しなど、やることはたくさんある。
「私たちも行こうか」
「そうだねぇ。校内の探検とかしてみる?」
校舎内は丁寧な案内板で迷うことは少ないとはいえ、やはり案内板を頼らず歩けるように教室の配置を把握しておきたい。今いるのは3階東の大講堂だが、他にどんな教室や講堂があるのだろうか。休憩室や自習室の位置も知っておきたい。
「じゃ、行こっか」
「あいよ」
教室はそのうち覚えるだろう。なら、休憩室や自習室の方を先に知っておきたい。サボりにちょうどいいスペースとか。
購買はどこだっけ、案内板は1階だって書いてあるよと言い合いながら階段を降り、3階から1階へ。案内板に沿って歩いていく。
「アルヴィナ先輩だ」
「あ、ほんとだ」
窓ガラス越しに見える庭園の奥に温室が立ち並んでいる。そこにアルヴィナがいた。温室の中を覗き込んで何やら声をかけ、返事をもらったらしい間を置いて温室の扉を閉じる。抱えていた植木鉢を持ってどこかへ歩いていく。
カンナの視線に気付いたのか、ふとこちらを振り返って手を振る代わりに微笑みを向けてくれた。カンナも会釈を返し、視線が合ってしまったついでに庭園に出ることにした。




